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べスの思いは通じた様子で、3日間も一人でノエルの温室に閉じこもっていたミッチは、少しずつ傷ついた心も体も癒されていった。4日目にはべスを温室内に迎え入れる事ができ、一週間たつころには夫の待つ家に帰る事ができるようになった。


「ノエル様、お待たせしました。もうあっちの温室にはいってきてもいいですよ」


しれっと共同温室に材料をとりにきていたノエルに、悪びれもせずにべスはそう告げる。


「お前なあ、あっちに急に必要な薬草がなかったからいいものの、持ち主も入室できないってどういう事だ。中の植物の手入れは一体どうするつもりだ」


ノエルは一週間も待たされた挙句にようやく自分の温室に入室を許されたのだが、ノエルの温室のものは繊細な世話が必要とする植物ばかりだ。おそらく数株はダメになっているだろう。

だがもし中の植物の状態が一週間前よりも下がっていても、べスに何も責める気持ちにはならなかった。


そして、あの日から「生きているから幸せ」と言い切ったまぶしいべスの姿が眼裏に強烈に焼き付いて、離れない。


べスにとって植物は、同じ命を持つ仲間で、友人だ。

ノエルはいままで植物を、ただのポーションの材料としてしか見てこなかった自分の事を少し恥じる。



少々の覚悟を持って己の温室に入室したノエルだったのだが、温室の内部を見て、息が止まった。


(・・素晴らしい)


温室内の全ての植物が、なぜだがポテンシャル以上の力を出している。

それは、植物をかけ合わせたり、過剰な堆肥を与えたり、魔力によって無理やり引き出したものではない。

ある鉢植えでは2つに分かれるべき枝が3つに分かれ、果物をつける事がなくなった株から美しい宝石のような果物があふれ、生命力そのものが、増えているのだ。


べスは当然のようにノエルに告げた。


「ミッチは本当に元気になりたいと思っていたから、植物たちが力を貸してくれたの。元気が届いてほしいと思ったから、みんな命の持っている元気の力を精一杯振り絞ってくれたのよね」


「・・お前の言っている事はさっぱり訳がわからんが、こんな素晴らしい仕上がりの温室に入った事は一度も、本当に一度もない」


ノエルは周りを見渡すと、言葉を失ったかのようにソファに倒れこんだ。

ソファからは薬品の心地よい香りが立つ。


竜のヒゲとよばれる希少な高山植物も、普通のすみれも、全く同じ様に大切に、そして無造作に扱われている、不思議な空間だ。

そしてどの植物も一様にみな生気にみなぎっており、小さな天窓から訪れる小鳥たちすらも幸せそうだ。


眩暈がするほどの安心感がこみあげてくる。

ノエルは己の心に浮かんだ言葉に、ため息を漏らした。


(そうだ、これは安心感だ)


自身の存在に対する、圧倒的な受容感。

心の底からの安心を覚えると、うつら、うつらと今度は強烈な眠気が襲ってくる。

記憶にないほどの昔に覚えた、紫の薬のいらない眠気だ。


べスはそんなノエルの様子に気にした様子もなく、


「あら、ノエル様お疲れですね。昼寝していってください」


「いや、午後から来客が・・来る・・」


眠気に抗う事のできないノエルは、なんとか起き上がろうとするが、べスは笑って、


「ロドニー様は眠くなったらいっつもエロイース様に仕事をお願いして思い切り寝るんです。ノエル様のお客様はナーランダ様にお願いしておきますから、ゆっくり寝てください。心と体が眠たいといっているのなら、寝かせてあげたらいいんじゃないですか」


そうノエルの返事をまたずに、べスは温室をでていった。


「おい、まて・・べス・・」


ノエルはおそいかかってくる優しい誘惑に抗う事はできずに、実に数年ぶりとなる、深い眠りについた。



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