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フェリクスの立太子の儀式は、ただの一国の立太子の儀式であるにも関わらず、大陸中で映像魔法が飛び交うほどに衝撃的なものだった。
外見の美しさに重きを置くこの封建的なアビーブという国において、フェリクスの完全無欠の王太子姿は、次期王にふさわしいと、大いに期待されていた。
だが病気の療養から数年ぶりに表舞台に登場したフェリクスは、立太子の儀式の際、顔中まだらのあざだらけ、頭は半分禿げているという凄まじい姿で、だが実に堂々とした振る舞いで、国民の前に現れたのだ。
大いに困惑する国民の前で、フェリクスはアビーブの火山で起こった真実を全て国民の前に明らかにした。
そしてジア殿下はじめ、歴史の闇に葬り去られた雷属性の王族男子の犠牲の歴史をつぶさににしていった。発表には王と王妃の猛反対があったとのことだが、その反対を振り切っての発表だったらしい。
今までこの歴史が表に出てこなかったのは、皮膚の状態の崩壊した王族が歴史上存在するという事実が、王族にも、アビーブの国民にも受け入れられない時代があったからだ。
だが、数世代後の未来にも、アビーブ火山がある限り、雷属性の王族の男子が現れる運命だ。
その際に、ジア殿下やフェリクスの巻き込まれた運命の轍には、決して誰も引き込まない。
雷属性の王族の男子が生まれたら、国全体で一丸となって噴火の対策をすれば良い。一人の王子を犠牲にして、歴史の闇に葬り去るよりも、皆で戦えば良い。
ーーー離宮の温室の温泉を、皆で作り上げたように。
「私はこの不完全で醜い姿形を心から誇りに思う。私の皮一枚で、国民の安全がアビーブ火山の噴火より守られたのだから」
そう、化粧であざを隠す事もなく、ハゲて赤いマダラの顔で、堂々たる態度で国民に宣言をしたフェリクスに、国民は熱狂的な歓迎を見せた。
外見の美しさを以て力の定義とするアビーブの時代が変わった瞬間だ。
・・・ちなみに、完全な外見からはほど遠くなったフェリクスが次期王として国民からこうも熱狂的に受け入れられたのには、かなり現金な他の理由もある。
「アビーブ・アーク」
フェリクスが療養に滞在していた鄙びた温泉村は、フェリクスの手により今大陸一の一大高級リゾートに様変わりしたのだ。この地の税収は今や国家予算の観点から見ても無視できないほどの巨大なものになっている。
最初フェリクスと村人たちだけで楽しんでいた離宮の温室の温泉だが、噂が噂を呼んで、近隣の住民や他国からの旅行者まで、是非とも温泉に入りたいと要望が多く出ていたのだ。
良い温泉は皆のもの。
だが温泉が混んで自分達が温泉の順番待ちするのは絶対嫌だ。
わがままな村人たちとフェリクスはいつもの満月の風呂の日の定例会議で相談を重ねて、みんなで温室と似たような入浴施設を観光客用に建築する事としたのだ。
一応は王太子のフェリクス。
フェリクスが入浴施設の建設に口を出すものだから、一般庶民にも入場できる施設であるにも関わらず、実に高級感あふれる素晴らしい施設となったのだ。
この地はさびれているとはいえ、一応は建国神話の温泉伝説もあるような格式の高い歴史ある温泉の土地。
すぐに村はあれよあれよという間に一大高級リゾート地と化した。
次から次への大観光ラッシュで、大工のロベルトはもう何ヶ月も休みを取れていないし、女将さんの宿など次の数年は予約も取れないほどの特需に村は沸いている。
今まで、温泉といえば王都の温泉広場のような遊興施設か、療養の為の施設しかなかったこの国で、「心と体と魂の回復」を謳った高級リゾート温泉地という考えは、画期的なものだったのだ。
道は舗装され、お土産物屋は乱立し、病院や学校も立って、どんどん村は巨大な観光名所に早変わりだ。
また、フェリクスが非業の死を遂げたジア殿下の人生を明らかにした事で、メイソンしか訪れなかった王家の淋しい丘にも参拝客が途切れなくなった。
王家の丘は賑やかな温泉地から少し外れた丘にあるので、隠れた癒しスポットとして密かに人気になっている。
体のあまり動かないミリアは、ジア殿下の墓の暗い地下の部屋に行きたい参拝客の為に、墓の前で椅子に座ってランプを貸し出すだけの商売を始めてみたのだが、これが儲かって儲かって仕方がない。
ついには先月のミリアの収入は王都に出稼ぎに出ている夫の仕送りを超えた。
村に帰った方が実入りが良いので、来年には夫も息子も王都から村に帰ってくる。
(一体何の奇跡が起こっているのかしら)
ベスが隣国からやってきて、みんなの為に風呂を整えるまで、この地はただの寂れた悲しい村だった。
だが今や、村のみんなが笑い合い、喜び合い、家族は帰ってくるし、何なら懐までほくほくあったかい。
「みなさん、ここが王家の森です!ここにジア殿下の生まれ変わったお姿だという黒亀が出没する事がありますが、見つけたら運がよくなるそうなので、みなさん張り切って見つけてくださいね!」
現金なオリビアは、フェリクスが離宮を去ってより、すぐに村の観光ガイドとなった。
何かいいネタはないかと、ベスからちょっとだけ聞いた黒亀の話を良いように脚色して、観光客を喜ばせている。
おかげで哀れな黒亀は、永遠の孤独を彷徨うどころか観光客に探され触られ、拝まれ、絵姿を描かれ、高級野菜を貢がれ、なかなか王様のような扱いを受けているらしい。
そういう訳で、アビーブ王国のどこにでもある鄙びた温泉地を、アビーブ屈指の金のなる木に生まれ変わらせたフェリクスの経営者としての見事な手腕に、封建的な社会に辟易としていた若い貴族や、利に聡い商人たちが熱狂したのだ。
そんな折だ。
正式に次期王となった暁には、フェリクスは悪名高いアビーブの身分制度の見直しを提案し、まずは先住民族への差別の撤廃と補償策を打ち出すと、かなり革新的な挑戦を打ち出した。
相当の反発があると覚悟しての政策発表だったのだが、一刻も早く自分の領にアビーブ・アーク高級リゾートの誘致を願う貴族達にとっては、そんな瑣末な事を反発して、大きな商機を逃している場合ではないらしい。
率先してフェリクスのこの政策に賛同して、自領に誘致が許された暁には、優先的に先住民をリゾートに雇用する事を競って宣言した。
懐のあったかくなったオリビアとロナルドは、来年オリビアの家族の帰りを待って結婚する。
当然のようにフェリクスも二人の結婚式に出席をする予定だ。
「私が人生で一番苦しい時に、私を支えてくれた友の結婚式に出席するのは友達として当然だろう?」
王太子直々に賎民の結婚式の出席をするなど、とてもでは無いが恐れ多いとフェリクスの出席を断ろうとした先住民族の代表に、フェリクスはそう答えて、全ての先住民族は大いに涙にくれたという。
長く、苦しい被差別の歴史は、この瞬間過去のものとなったのだ。