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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編
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温泉には、一応はこの温室の持ち主であるフェリクスももちろん入りにくる。


フェリクスの心を苦しめている醜いまだらの肌をあらわにしても、抜けた髪でハゲになった部分を隠さなくても、誰も何もフェリクスの見かけなど気にしない。

(ついでに言うと、この温室がフェリクスの持ち物である事も気にしていない。心地よい温泉の前では、誰もが平等なのだ)


フェリクスが湯船に入っていても、


「あ、フェリクス様ちょっとそっちつめてください」


そう言ってこの村の連中は、遠慮なくぎゅうぎゅうと肌と肌が触れ合うような近い距離で詰めてくる。


まだ己の肌の見てくれに抵抗のあるフェリクスは、そんな距離感にたじろぐが、人々にとってはフェリクスの見かけよりも気持ちの良い温泉にさっさと浸かる方が優先順位が高い事に気がついて、フェリクスは苦笑いだ。


(私は一体長年、何に拗ねていたのだろう)


最近、フェリクスは、入浴着なしで、一人でこの素晴らしい温泉を全裸で入浴すると言う贅沢を覚えた。

フェリクスが全裸のうちは、さすがに村人は遠慮して、外で待っているので温泉はようやく独り占めだ。


「なんて暴君だ」「そのうち革命が起きるぞ」


そうやってフェリクスを揶揄う村人達の中には、裸の入浴がいかに気持ちよかったかと自慢しながら、ほこほこ湯気を立てて帰ってくるフェリクスの事が羨ましくなったのだろう。


全裸で入浴するフェリクスに勝手についていって、自分も全裸になって入浴を楽しむ連中が出始めた。

そうすると我も我もと他の男連中も、みんな次々にフェリクスに続いて裸になって裸での入浴を楽しむ。


そうなると、女性達も黙ってはいない。

そのうちいつの間にか、月の初めは女限定の全裸風呂、月の終わりは男の全裸風呂、月の真ん中はどっちでもない者の全裸風呂の日が設けられるようになった。入浴着もいいが、やはり全裸の方が気持ちいいのだ。


マダラの肌の全裸のフェリクスの周りを、何も気にせず素っ裸で走り回る子供達を横目で見ながら、フェリクスは再び思う。


(本当に私は一体、長年何を気にしていたのだろう)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ほう・・電気風呂とはまた、乙な」


自称、風呂の通だというこの村の男どもは、揃いも揃ってメイソンの新しい試みにウキウキだ。


離宮に山ほどある雷魔力の練習用に使っていた魔力入りの雷石を、湯船に落とす試みだ。

電力がピリピリとちょうどよい石もあるし、ちょっと痛いくらいの強い電力の石もある。


普通の風呂に退屈になった村の男連中は、ルーレットを回すが如く、「今日の石」を決めて電気風呂に入って運試しをしているのだ。

呆れたフェリクスは、それでも村人が喜ぶからと、もう魔力の定期的な放出の必要もないのにどんどんカラになった雷石に雷をためてやり、本人は気がついていないが、今や知らない間にかなりの雷魔力の使い手に成長している。


メイソンが気前よく、温泉にくる事ができない赤ん坊のいる家やら老人の家にこの石を配るものだから、やがて雷石は近隣の村にも評判が広がり、少しずつ有名になっていった。


・・なお、この風呂用の雷石は、数年後にはアビーブ王国の外貨の多くを稼ぎ出すほどの名産品となる事に、この時は誰も気がついていなかった。


下手くそな音楽家であるメイソンとラッカは、温泉に人が集まるのを良いことに、手が空くとよく離宮でピアノとバイオリンで勝手に発表会を行なっている。やはり観客がいると燃えるのだ。


誰が決めたわけでもないのだが、満月の夜の月風呂の日は、なんとなく二人の演奏を聴きながら、月を見ながらみんなで風呂に入るのがこの村の新しい伝統になってきた。


そして風呂上がりになんとなくみんなで会議的なものをしながら持ち寄った食べ物を食べて、村の困りごとや相談事などの話し合いを行うようなる。


村はどんどん治安も雰囲気も良くなってくる。


「みなさん、今日はバラとアロエのお風呂にしましょうね」


もちろんお風呂が大好きなベスが自分の気分で整えるベスの日替わりの風呂も健在だ。


皆、ノエルとベスの宿のお風呂に大挙して押し寄せてお風呂を借りるのは、一応少しは遠慮があったので、こうして公共の場?で皆のためにベスがお風呂を整えてくれるのはとても嬉しい。


温室にあるどの温泉もそれぞれ素晴らしいのだが、やはりベスの整える風呂の絶妙さ加減は中毒性がある。

何もかもが、絶妙に丁度いいのだ。


ベスの風呂にはそして、時々人外らしき生き物が入っている事がある。


温泉に人が大勢いる時や、まだ昼間の間は滅多に姿を見せないが、人がいない明け方など、ベスの風呂に二足歩行をする猫の人外や、緑色の粘菌のような姿の何かがずるずると体を湯に浸けているのが見えるようになってきた。


「・・ベス、これは大丈夫なのか??」


どの人外も、人に害を与える様子もないし、風呂に入ると静かにどこかに消えてゆく。

フェリクスはそっとしておくつもりだが、流石に大人の大きさほどもある大蛇がベスの風呂に入っているのを見たフェリクスは心臓が止まりそうだった。


「ベスや村の人達に危害を加えたら、2度とここの風呂に入れなくなる事くらい、こいつらも分かってるから大丈夫ですよ」


そうノエルは平然と言い放ち、なんなら親切にも人外に石鹸やらタオルやらを出してやったりしている。


あまりにベスやノエルが、人外の訪問に対してそうして平然としてるものだから、村人も多少の人外の存在にはもう驚かなくなってきている。


それどころか人外達は、エズラの体に施された刺青を見ると、ブルブルと怖がって大急ぎでどこかに一目散に逃げるものだから、人々は怖がって木々の間に隠れている人外に、エズラが風呂から上がったら、もう居ないことを教えてあげるようにすらなったのだ。


(あの日の、あの光景だ)


フェリクスは王家の森の奥での、人外の温泉の風景を思い出す。


誰もが静かに、ただ良い温泉を楽しむ。

そこには老も若きも、男も女も、人外も人も、死者も生者も、王も賎民も変態も何もない。


この美しい場所の全てのきっかけを生み出した娘は、ただそこで静かに微笑んでいるだけだ。


奇しくもこの温泉の温室を称して、人々はこの場を自然発生的に、こう呼ぶようになった。


「聖域」



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