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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編
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「・・ラッカ、ここまでだ。ここで待機して、ここから先は、私の魔力の追跡に集中してくれ。火口に到着したら合図を出す。合図を受け取ったら、私の頭上に最大の出力の雷を落として欲しい。だが、私が火口にたどり着くその前にお前とベスに危険が迫ったら、躊躇せずにすぐに紙に落とし込まれた転移魔法の魔法陣を発動させてくれ。いいな」


ラッカは前の戦争を経験している。

戦争帰りの男というものは、世には言葉にしてはいけない事情が多く存在する事をとても良く知っている。

言葉にされていない事情をわざわざ聞くことは、ない。

それは生き残った男達の暗黙の了解だ。


誰もが、ラッカがその光を失った理由を聞かないように。


「この私が、殿下に何かできる事があるとして、それが雷を御身に落とす事であるのであれば、何も聞きますまい。フェリクス殿下。どうぞご武運を」


古い時代の特殊騎士団のやり方で、ラッカは拳を握って胸を3回叩き、膝を折って腰をかがめた。

勝利を祈る際に、特殊騎士団で伝統とされていた験担ぎの一つだ。

特殊騎士団は、諜報機関という名の元で、拷問や誘拐という荒事を一手に引き受けていた王家の直属の部隊。


遠い昔に解体されたはずの特殊騎士団の験担ぎの伝統。


この気の良い盲目の老人にも、ヘドロのような、暗闇のような過去があるのだ。


ラッカは、フェリクスがどんな宿命を背負っているのか、どんな任務が与えられているのか、何一つ知らされていない。ただ、そのフェリクスの肩に食い込んでいるその重荷が国家の安寧に関わるものである事は、経験で感じている。


「世話になった、ラッカ。お前のような素晴らしい師に出会って、私は幸運だった。私に教えてくれた雷の魔力の制御の技は、この国の多くの民を救うだろう。誇りにすると良い」


そうしてフェリクスはくるりと今度はベスに向き合った。


「ベス。君ともここでお別れだ。ラッカの側を決して離れるな。もしも私がこの場に生きて戻ってくる事ができたら、どうか私とラッカを連れてすぐにこの森を出てくれ。そして森を出たらすぐに君の婚約者殿に私を委ねてほしい。かの男であれば、どのような状態に私が陥っていてもすぐに最良の手を尽くしてくれるだろう」


ノエルではこの森の人外の領域に入る事が出来ない。妖精王・オベロンとの対話の中で、ノエルはそう学んでいた。

この森を歩くことができるのは、王家の血に連なる者、精霊達からは人と認識を受けない者。つまりは盲者、そしてつまりはチェンジリング。ノエルは離宮でエズラの到着を待ち、フェリクスの帰還を待つ。


そうフェリクスは言って、そして小さな声で言った。


「・・ありがとう。ベス。君に出会えて私の人生は変わったよ。どうかサラトガ魔法伯とずっと幸せな人生を送ってほしい。私は・・君の幸せを、どこに居てもずっと祈っている」


(一人の男として、誰かを愛し、愛する人の為に幸せを祈るなど、そういえば初めての事かもしれない)


完全無欠の王太子として、フェリクスは常に国家の安寧を祈り、民の幸福を祈り、王家の繁栄を祈っている。少なくとも公文書の記録にはそういつも記載しているし、国民への祝辞はいつもその一文で始まり終わる。


だが、フェリクスという一人の男としてはどうだ。

誰かを心から愛した事も、その愛する人の幸せを祈った事など、今まで一度もなかった。


フェリクスは自分の人生を振り返って、ほとんど笑いが込み上げてくる。


(王太子としてではなく、一人の男として、誰も愛したことも、幸せも祈った事すらもない内に私はこの人生を終えるところであったのか)


フェリクスは、完全無欠の王太子の自分であろうが、肌の爛れた哀れな自分であろうが、亀になった自分であろうが、この国の一柱になった自分であろうが、死んでしまった自分であろうが。


(私はどんな私であってもベスを愛し、ベスの幸せを祈り続けるのだろう)


フェリクスの心は、今日この日、その人生で一番晴れやかな気分でいた。

愚かであった昨日までの自分に、感謝を持って別れを告げる。


(私はようやく死の間際になって、人として何と大切な宝を得たのだろう。何が完全無欠の王太子であったものか。昨日までの私はなんとノロマで愚鈍な男であったのだろうか)


そして初めて愛と祈りを教えてくれた娘は、自分の恩人であるサラトガ魔法伯の大切な、大切な婚約者だ。


初めて愛した娘であるベスに、愛を告げる事も、愛の成就を願う事も許されない。

フェリクスに許されているのは、心の恋情を押さえて、ただベスの幸せを遠くから祈ることだけだ。


(間抜けな男だ)


そしてため息をついてマントを脱いで、一人でその体を温泉に預けようと真っ直ぐに歩き出した時。


「フェリクス様、え、まさかお一人で温泉に行くつもりですか?」


キョトン、と不思議そうな顔をしたベスに、フェリクスは裾の端を掴まれた。


「あ?あ、ああ・・」


(・・どうもこの二人は調子が狂うな)


ノエルといい、べスといい、二人ともどうもフェリクスの期待していた反応を返さない。


(ここは、愛おしい思いを堪えて、ベスの幸せを願って温泉に消えゆく男の思いに触れて、ベスが涙で膝から崩れていく場面? いや、行かないで、と私を追いかけて行こうとするベスをラッカが後ろから押さえて、耐えよ、殿下を行かせてやれと一緒になって泣く場面? いや、ベスが、私はあなたを愛していますといって足元に縋り付く、告白の場面でもあるような・・)


無駄に頭の回転の良いフェリクスは、自分の中で想定していたべスの、予想と全く違う反応に困ってしまう。

フェリクスは皮膚の疾患が発症する前までは結構な読書家だったのだ。


ベスはそんなフェリクスなど気にもしていない様子で、


「ちょっと待っててくださいね。私も入りますよ、その為に下に入浴着を着てきたのですから」


目の前のベスは、何一つ躊躇せずにポイポイと外套を脱ぎ捨てて、あっという間に王都の外温泉の温泉広場で着用する、緩い入浴着の姿になった。


「・・え??」


混乱するフェリクスの前に、ベスはにっこりと素晴らしい笑顔になって、言った。


「あんな気持ちの良い温泉に一人で入るなんてずるいです。私ももう一度入りたいんです」



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