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「おい田舎娘、お前あの石化薬草とこっちのスープ用のハーブを隣同士に植え替えたのか?」
一月ぶりに顔を合わせて以来、ちょくちょくノエルは温室に立ち寄るようになった。
顔を合わせると一方的に用事を押し付けて、さっさと退出するばかりのノエルだが、ナーランダによると実際日々相当忙しいらしい。最初のベスへの壮大な勘違いも、かなり切羽詰まった状況のなせる技だったとか。
(今日はまだ帰んないのかしら)
そんなノエルだが、今日はどういう気の迷いなのか、今日はずっと植え込みで植物の面倒をみるベスの後ろにいて、あれやこれやと質問を投げかけては手元を覗き込んでくる。
「この石化用の薬草は、あのハーブの横に植えるとお互いがなんだか嬉しそうなの。だから植え替えてみたわ」
「なぜか理由はわからないが、お前が植え替えてから魔力がお互い共鳴している。まるでお互いを高めあうかのごとくだ。素晴らしい」
「へえ。魔力のある人たちはそんな事がわかるのね。便利ね。ええ、きっとあのハーブを鶏肉と一緒に煮込んだら、ものすごくいい味になると思うのよね」
いつもはせいぜいのあたりで、ノエルはふん、と背を向けて温室を出て研究室に戻るのだが、今日はどういうわけだか一向に去る気配がしない。
ノエルは何か言いたげに、ベスの仕事を後ろからうろうろと見ていたが、ようやく意を決したように、言葉を発した。
「・・ありがとう」
「え」
ベスはあまりにびっくりして、思わず手元の鉢植えを落っことしてしまった!
「カビだ」
ベスの鉢植えは、地面に触れる前に宙に浮く。
ノエルの魔術だ。この男は本当に息をするかのように見事な魔術を使うのだ。ベスは惚れ惚れと魔術の使い手の顔を見た。
ノエルは、鉢植えを手元に引き寄せると、言った。
「お前が育てたカビのおかげで、俺は末期の肺病のポーションの生成をする事に成功したのだ。そのポーションを与える事で、命の灯火が消えかけていた肺病の子供の命が一つ、救われた。奇跡だ」
「え、そうなの?ってかノエル様そんな事をしてたの?」
初耳だ。
そしてノエルは鉢植えを置くと、深々と頭を下げた。
「礼を言いたい。眠り茸に青かびを発生させ、その青かびを精製させたポーションが有効であるところまでは俺の力でも突きとめる事ができた。だが、ポーションに青かびを利用するには、Sクラスまで洗練されているものである必要があったのだ。お前は、あれ程の量のSクラスの青かびをたった三日で用意してくれた。まさかお前にそんなことができるとは思っていなかったのだ。この国の医者皆が匙を投げていた子供の命だ。だが、お前の用意してくれた材料で、俺はポーションを生成する事ができた。」
「いや、ノエル様、頭を上げてください!私、できることをしただけなので!」
(ナーランダ様が言っていた事はこれね)
ぼんやりと、カビにSクラスの判定を出した時のナーランダの言葉を思い出す。
「…俺はどのようにお前の働きに報いたら良いだろう。お前は人一人の命を救ったのだ」
真っ直ぐに、ノエルはベスの目を見た。
(…嫌な態度ばかりだったけど、人の命を救うために必死で奔走していたのね、ノエル様)
ベスの中のノエル像が、少しだけ、違って見える。
「いや、あの本当にお礼だなんて、お給料いただいているし、そんなのいいんだけど、あの、できたらこれからは」
少し恥ずかしそうに、ベスは一つだけ、ノエルに願った。
「…私の事は、田舎娘って呼ばすに、ベスって。これからは、名前で呼んでほしいの」
ノエルは、はっとした表情を浮かべて、そして居心地の悪そうに頭をかいて、そして、言った。
「…すまなかった、ベス」