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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編
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離宮の主の許可も取らずに、歴史ある湯治の村・要するにこの村のベスの最高の風呂に入りたい連中は、好き勝手にそれぞれの入りたい風呂のために、勝手に温室に入って、勝手に昼も夜も働いている。


ベスの整えた、緑の宝石のような美しい温室の中は、今は静寂からは遠く離れて、幸せそうに作業している人々で賑わいを見せていた。


驚いた鳥達は、天窓から中をうかがって噂話をしているし、物見高い鹿の子などが、興味深そうに遠くから楽しげに働く人々の作業を眺めている。


今は何やら宿の女将さんのご主人と、オリビアの恋人が勝手に温室の中に作っていた小さな木の小屋が完成に近づいている様子だ。


勝手に二人で何を作っているのかと思えば、さすが湯治の村の男のする事だ。

小屋の中に古くなって誰も使っていない暖炉を持ち込んで改造し、小屋の温度を上げ中を蒸気でいっぱいにして、楽しむ、蒸し風呂を作っていたのだ。


蒸し風呂など、みたことも聞いたこともない田舎娘のベスは、蒸し風呂というものに喜んで、ニコニコと薬草を収穫した後の薬草の茎や根の、使わない部分を布の袋に入れて、蒸気の吹き口に吊るしてみた。


試しに火を入れてみた簡易な蒸し風呂は、すぐに薬草の良い成分が染み入った蒸気でいっぱいになって、足を踏み入れるだけで健康になりそうだ。


温室の中で、湿度を好む植物達は、すでに機嫌よく温泉の訪れを待っている様子。

蒸気を好む植物達が、一斉に蒸し風呂の方向を目指して葉を広げ出していた。


離宮には通いの料理人もいる。

料理人は、良い薬草の香りのする蒸し風呂を目にして、蒸し料理のようだと笑った。

そして、ひょっとすると料理の前の下拵えの時のように、粗塩の壺でも小屋の中に入れて、体に揉みこめるようにするといいかもしれないという冗談を言ったので、皆おもしろそうだと、大きな塩の壺も蒸し風呂に置くことにした。


ならば旨い塩の方が体によさそうだと、次に海の町からの食材の仕入れがある時に、海の塩を仕入れてくれると約束をした。


結局みんな、元々設計されていた岩風呂だけでは心のワクワクが抑えきれないのだ。


ベスの天国のような美しい温室で、ベスが整えてくれる、外の風呂。


自分勝手に皆、自分の入りたい風呂を作るべく色々好き勝手に作業を始めて、元々埋まっていた岩風呂の横にはいくつもの風呂が並び出す。


温室は非常に広い上、今ベスの育てている植物はそこまで多くない。

風呂のための場所は十分にあるのだ。


なんとなく岩風呂の地面の掘削を皆から任されるようになったラッカは、額に汗して毎日実に忙しい。


この離宮に派遣される前は、ほぼ隠居状態で一日何もすることがなかった身であったのに、今や魔力が切れてカラカラになるまで温室で働かされて、働き終わったらベスの風呂に入ってみんなでビールを飲んだり完成する風呂の心地よさを想像して、実に充実した日々を送っている。


盲目ゆえに魔力の感度の強いラッカはある日、岩風呂は、月の上る方向に向かって造営されている事に気がついた。

満月の魔力を岩肌に使われている化粧石が浴びると、白く輝いて、月の魔力で湯が満ちる作りになっている。


この岩風呂は、月見の風呂だと理解したのだ。


「この岩風呂が完成したら満月を眺めて、身体中で月の魔力を浴びながら、風呂で一献、盆に浮かべた酒に月をうかべて飲みたいですな」


教養の深い貴族のラッカの優雅な思いつきに、さすがはお貴族だと田舎の平民達である村の人々は、沸きに沸いた。


ナーランダは、ベスとノエルの魔術院の館にあるヒノキ風呂がいかに最高なのかを皆に主張すると、村の皆は早速村のきこりの男に交渉して、若いヒノキを提供してもらった。


いかにも心地よさそうなヒノキの、肌に優しい風呂の話をナーランダから聞いてしまった木こりの男は、完成した風呂に自分も入らせて貰うことを条件に、タダで設営作業をしたいといいだした。


ヒノキの風呂は、温室の少し奥に設営することにする。


その場所はベスが緑の四阿にしようと、藤の棚を育てている最中の、緑の屋根の真下だ。

まだ花をつけていないが、春になれば、紫の藤の花の咲き乱れる棚の下で、ヒノキの香りの風呂に入ることができるのだろう。美しい光景を思いながら、ナーランダはうっとりとその光景に思いを馳せる。


美容にうるさいオリビアも、同様だ。この村の美容にうるさい若い娘達と同じく朝起きると、まず顔をわざわざ炭酸水が出る少し遠くの場所の温泉の水で洗っている。


炭酸水で顔を洗うと、化粧のノリがとても良くなる。


この炭酸水の入っている場所の温泉の水を、源泉とは別になんとか温室に引き込んで、炭酸温泉にできれば身体中がピカピカになるのではと思いついたのだ。

オリビアは、ひとまず人が一人入るほどの大きな漬物の壺を温室内に引っ張ってきた。なんとか炭酸の温泉水を引き込む方法を見つけたら、源泉の岩風呂とは別に、一人用の炭酸の壺風呂が出来上がる算段だ。

肝心の炭酸水を風呂に引き込む方法は全く思いつかないが、これほどの立派な魔法使いが風呂の完成に力を惜しまないでいるのだ。なんとかなりそうな気がする。

最高の美容風呂を思いながら、オリビアは一人、ニンマリと洗浄魔法をしっかり壺にかける。

まだ壺についた漬物の匂いが取れないのだ。


熱い風呂ばかりではつまらないと、男達は蒸し風呂の横に、体を冷やす為の、冷たい水を湛えている場所も用意する事にした。冷却魔法を風呂桶にかけておけば、いつでもキンキンの水に入る事ができる。


ナーランダの見事な冷却魔法であれば、この程度の風呂桶など三年はキンキンに冷えたままだ。

蒸し風呂は徹底的に暑くして、隣の風呂桶はキンキン。


熱い風呂の後の冷たい水は、「整う」と言う境地になると、男達はナーランダに説明をした。好奇心の深い魔術師の事、この境地についてナーランダは非常に深く興味を示した。


風呂は大きな風呂から小さなものまで揃え得る予定だ。

オリビアの母のミリアのアイデアで、体のすぐれない時は足だけでも湯に浸して楽しめるように、足用の風呂も作ってみる事にした。

小川のようなイメージで、浅い川底に小石を張ってみて、なんとなく完成が近づいてきた足用の風呂に試用で湯を入れてみたら、村の子供がいたずらでその中に森の池にいる肉食の小魚を放った。


子供の悪戯に苦笑いをしていた皆だが、足を入れてみると、小魚が案外にも足の角質をつついて食べてくれて実に気持ちが良いので、子供に褒美をやって、もっと魚を集めてもらう事にした。


ある日、メイソンが恥ずかしげに、両手いっぱいの何かを持って皆が作業している温室に入ってきた。

フェリクスが毎日魔力を放出するために利用しているクズ石の雷石だ。


「殿下には不敬なのでしょうが、放っておくのは実に勿体無いと思っていましてね」


王族の雷の魔力がただ無意味に入っているだけの、なんの役にも立たないはずの雷石。


だが魔力のこもったそれを、水につけるとじっくりと水に魔力を放電する事を、ある日雷石の上に水をこぼしてしまったメイソンは発見していたのだ。


だからといってどうした事もないとは思っていたが、気持ちよさそうな風呂をみんなで作っている時に、ふとあの石を風呂に入れたら気持ちよさそうだと、そんな事を考えついてしまったのだ。


案の定、タライに水を張って雷石を入れてみると、ビリビリと心地の良い電気が流れて、素晴らしい。

皆風呂に湯を張って、体をこのビリビリと心地よい湯に任せてみたいと、夢心地だ。


皆が毎日幸せそうに、温泉の完成を夢見ている頃。


ノエルとフェリクスは、フェリクスの私室の奥で、一つの鏡を間に挟んで、深刻な話をしていた。


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