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[書籍化決定・第一部・第二部完結]緑の指を持つ娘  作者: Moonshine
緑の指を持つ娘 温泉湯けむり編
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ぼんやりとした火山の映像は、やがてゆっくり消えた。


大きな亀の姿ではなく、ジア殿下はいつの間にかすっかりと爛れた皮膚は元に戻って、懐かしい、輝かしい王宮での青年の時代の姿に戻っていた。


だがジア殿下のその表情は暗く、絶望した顔で王家の森を彷徨い歩いているのだ。


(何故・・何が一体起こった??)


そして同じ頃、森の遠くには、同じ森で彷徨い歩いて泣いている一人の女の姿が見えた。

妊娠している様子だ。腹の大きな女の姿だ。


(一体何者だ・・)


女は誰かを必死で探しているらしい。大きな腹を抱えて、ふらふらと幽鬼のごとく暗い森を彷徨っている姿は哀れだ。


二人はどうやらお互いを探している様子なのだが、何かに阻まれたように、何かに呪われたように、決してお互いの元にたどり着けないでいるのだ。


映像は、森から今度はささやかな葬式の日の映像に代わる。


例の女はジア殿下から贈られたのだろうか、今フェリクスが手にしている王家の紋の入った鏡を空の棺に収め、真新しいジア殿下の墓の横で泣きくれた。


真新しく、趣が違って見えるが、先ほどメイソンが説明してくれた通りの特徴ある作りの墓だ。

間違いない。ジア殿下の墓だ。


女の腹は先ほどの映像からもっと大きくなっており、おそらく産みの月を迎えている様子だ。

ジア殿下から王家の紋章付きの鏡を贈られているという事は、この女はジア殿下と将来の約束を交わしている身なのだろう。


遠い場所で途方に暮れて立ち尽くしてこの葬式を見ているジア殿下は、この葬式が自分の為の葬式である事に気がついている様子だが、どうやらどうしても、ジア殿下は自分の葬式が行われいる場所にたどり着く事ができない。


そして、万策尽きたらしいジア殿下は、棺の中のその鏡の世界を通じて、王族にしか使うことのできない魔術を施して、何が起こっているのか後世に伝えようとしたらしい。

今フェリクスが目にしている映像は、その時に施された魔法の残骸だ。


涙にくれて、墓に縋り付く女にフェリクスが焦点を当てると、今度は女の記憶に映像は飛んだらしい。


真新しい離宮と、離宮の隣の温室に映像が映る。


離宮は完成したばかりらしい。まだ塗装もきちんと乾いていないような、真新しい建物は、完成当時は真っ白な壁で、赤い屋根だったらしい。


真新しいく建てられた温室内には温泉が引き込まれており、温泉に傷ついた体を預けて湯に浸かるジア殿下の姿と、そばで仲良さげにジア殿下に仕えている、例の女の姿が見える。


まだ女の腹は出ていない。


(やはり、温泉を引き込むことが目的の温室建築だったのか)


フェリクスはナーランダの報告を思い出した。


この若い二人はおそらく、当時からお互いの存在を慈しみ合う関係であった事が伺える。

二人は手を取り合って幸せそうに微笑んでいる。


温室に作られた温泉の周りには、源泉のあたりにしか生えない黄色い実をつける、多肉植物がぐるりと植えられてあった。

女はジア殿下の為にそれをひとつ、二つ収穫して、皿にもりつけた。


ジア殿下は眉を顰めてその実を口にして、嫌そうな顔をしていた。

どうやら薬用の効果があるらしい。苦そうに、まずそうに、渋々という様子で口にしている。


(そういえば、同じ実をあの人外の温泉で、生き物達が食んでいた)


フェリクスは思い出した。


温泉の成分を糧として成長する類の植物であるのであれば、あの実にはなんらかの薬効もあるのだろう。

大きな鉢から、1つ2つしか収穫ができない様子の上、危険な源泉の周りにしか生息しない様子。


まだ医療の十分に発達していなかった当時、あの実は貴重な薬草としてこの地で扱われていたのだろうか。


そしてまた魔力が乱れて、映像は反転する。

今度はギリギリと音を立てて、傷だらけの瀕死の大きな亀の姿を映し出した。


(驚いた・・死んでいなかったのか)


火口に雷の魔力を全部吐き出して、大きな怪我を負ったらしい大亀は、驚くべきことにそれでも死んではいなかった様子だ。


身体中からプスプスと煙を出しながら、放出して残った雷の魔力の残滓が、ビリビリと空中に放出されていて、瀕死の状態で人外の温泉にたどり着いている様子が映し出された。


そして大亀は最後の力を振り絞って人外の温泉に体を預けると、まるで命が事切れたかのように、その動きをピタリと止めた。


(死んだ・・のか)


しばらくピクリとも動かずにいたが、しばらくすると、ゆっくり、ゆっくりと亀は動き始めて、ゆっくりと、そばに実っていた例の黄色い実を食んだ。


フェリクスは思わず叫ぶ。


「いけない!ジア殿下!!!決して神の世界で飲食しては!!!!」


人外の世界に迷い込んだら、決してそこで飲食をしてはならない。

そこで飲食をしたら、そこの世界の生き物となり、決してその世界から、帰ってくる事は叶わなくなる。


それは、小さな子供でも知っている世界の理の常識だ。


(おそらく、亀の姿の状態では生きるという本能に引き摺られて、理性は一切働いていないのだ)


黄色い実を食んだ亀は、今度はゆっくり人の姿に変わってゆく。


あの実には、おそらく復旧の復旧を促す効果があるのだろう。

神が本来の姿に戻り、そして本来の姿から、望む姿にまた戻るための効果。ここは神が、神のために用意した場所だ。不思議は何もない。


ジア殿下は、輝かしい王太子であったジア殿下であった頃の姿に戻り、火山の噴火から王国の人々を守り、だが代償に、この国の神の一柱になってしまった。


やがて女は子を産んだ様子だ。

ジア殿下の功績は秘され、隠され、歴史の闇に葬られた。


ジア殿下の子を産んだ女は離宮を立ち去り、どこかに消えた様子だ。


子は、赤茶色い髪をした、元気な女の子だった。


「・・ベスに、よく似ている」



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