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泡を吹いて倒れてしまっているメイソンを横目に、フェリクスは己の手で暴いたジア殿下の墓穴をそっと覗いた。
墓の下は小さな空間の部屋になっており、体をかがめると、大人が一人、立って入る事ができるほどの小部屋になっていた。小部屋には死者の安らかな眠りを願う文言や、壁には絵が施されている。副葬品だろうか、つぼがいくつか割れてしまったものが土の床にゴロリと並んであった。
そしてそこの小部屋の真ん中には、死者を収める簡素な作りの棺が置かれていた。
フェリクスは一瞬ためらったが、棺の蓋を開いてみる事にした。
ぎ、ぎ、ぎ、と固い音を立てて、棺の蓋を持ち上げる。
(やはり・・)
フェリクスの予想通り、棺の中には永遠の眠りについているはずのジア殿下の遺骸は何も残っておらず、ただ、魔術が封じこめられた鏡が一面だけ、中に収められてあった。
鏡の裏側には、アビーブ王家の紋が入っている。王族以外では持ち得ない王家の紋章入りの鏡だ。
フェリクスは鏡に施された魔術に覚えがあった。
王家にのみ伝わる魔術の一つの幻影魔術の一つ。
王家の秘宝のありかや、王宮の隠し部屋などの代々王族にのみ引き継がれるべき知識を封印し、王族にのみ伝承するために発展させられた、伝承魔術だ。
この魔術が発動するのに必要なのは、直系の王家の魔力のみ。
王太子のみに引き継がれる魔術はいくつか存在するが、伝承魔術はその中でも最も重要とされる魔術の一つだ。
フェリクスは、ゆっくりと己の魔力を、その古く濁った鏡に放射する。
フェリクスの魔力を受けて、鏡の面はゆっくりと鈍く光を帯びてきた。
そっと鏡を地に置くと、小部屋にぼんやりと幻影魔法が照射される。
(ジア殿下・・!)
幻影魔法のぼんやりとした光の中から浮かび上がってきたのは、見るも痛々しい肌を持った、美しい青年の姿だった。間違いない。離宮の建立者であるジア殿下だ。
フェリクスは、ナーランダの報告を受けてより、ジア殿下の事を徹底的に調べていた。
数百年前の記録であるというのに、フェリクスが調べれば調べるほどにいかにジア殿下が素晴らしい青年だった事が伺えるほど、才気溢れる輝かしい青年であった様子だ。
ジア殿下は時の25代アビーブ王の一つ年下の仲の良い弟として、その輝かしい人生の幕をあけた。
馬術に優れて、戦術にも長けていて、幾つもの戦闘で輝かしい勝利を収めていた。
王を支えて共に王国を守り立ててゆくはずだったこの青年は、ある日より突然歴史の表舞台の記録から消える。
次にその名が現れたのは、この離宮の建立者としての名。
(おそらくは皮膚の疾患でこの離宮に療養に訪れて、そして、何らかの理由で若くして命が散った)
黄金の間に秘されていた王族の医療記録の、ジア殿下の医療記録も探った。
ある日、剣の訓練中に蜂に刺されたジア殿下は、刺されたその部分から肌が爛れ始め、一向に回復しないうちに一年もすると身体中に爛れが広がって、どんな強い薬も役に立たなくなってきたと記録されている。
(私と全く同じ症状だ)
フェリクスは記録を読むと、唇を噛んだ。
離宮を建立してその居を王宮から移したジア殿下の医療記録はそこまで。
そして、その肖像画すら存在しないというジア殿下の不自然なまでの離宮での存在感のなさ。
(必ず、この離宮には何かが隠されているはず)
ジア殿下の生きていた頃の生活の記録からは、かの人の人生に一体何が起こったのかが判りかねている今、フェリクスは死後のジア殿下の安寧の場に答えを求めたのだ。
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ぼんやりとした光の中で苦しげに立つジア殿下の姿は、痛ましくも美しい。
おそらくはその疾患が発病するまでは、輝くような美貌の王弟であったことが伺える美貌だ。
痛みと痒みに苦しんでいる美貌のジア殿下の悩ましいその姿は、同じ症状に苦しむフェリクスの心を掻き乱す。
離宮に居を移してより一切の生の証を残さなかったこの非業の王弟は、この鏡に一体何を閉じ込めて、何を託して、黄泉の住人となったのだろうか。
フェリクスは、じっと目の前の光の中で動くジア殿下の幻影に集中していた。