プロローグ
ガシャーン!!
「魔女め、そこで大人しくしていろ!」
「痛い!!ちょっと、引っ張らないで!だから、誤解ですって!」
べスは男の強い力でずるずると腕をひっぱられて、光もささない小さな牢の床に乱暴に投げ入れられると、ガシャーン!と地下牢の扉が乱暴に占められた。
「ちょっと!誤解ですって、ここから出して!私魔法なんて使えない、ただの粉挽き!!粉挽きですって!魔女なんて、冗談じゃないです!!」
ベスは鉄格子をがちゃがちゃと揺するが、びくともしない。
攫われてからずっとこうして同じ事をずっと言っているのだが、誰も聞く耳を持ってくれない。
朝、いつも通り洗濯を終えて、畑仕事をしていたら、いきなり3,4人の黒い魔術師のローブに身を包んだ男たちに、魔女だと呼ばれていきなり攫われて、馬車に積まれたのだ。
ベスを詰め込んだ馬車が、王都までの一本道をまっすぐ走っていった所を見ると、おそらくここは、王都の地下牢。村にも一応牢屋はあるが、明るいし綺麗だし、問題を起した酔っ払いくらいしか、入れられている所など見たことないので、ここは村ではないことは確か。
王都にはいつか遊びに行ってみたいと憧れていたけれど。
ベスは、一人で森のほとりの小さな粉挽の水車小屋の横に、一人で細々と暮らしているただの村娘だ。
こんな立派な装いの魔術師様たちには、縁もゆかりもありはしないし、あるとするならば、ベスが粉を挽いている時に、読んでいる魔術師が主人公の冒険物語くらいだ。
粉挽小屋からべスをひきずってきた主犯なのだろう。目の前の怖いほどの美貌を誇る魔術師の男は、紺色の氷のように冷たい目でベスを一瞥すると、
「ふん。か弱い女性の振りをしても無駄だ。お前の正体はわかっている。お前の悪行を反省する気持ちになったら話を聞いてやる。それまではそこで反省していろ!」
そう吐き捨てるように言い放つと、上質な黒いマントをひらりとひるがえして、カツカツと足音をたてて地下牢から地上へと続く階段を上がっていった。
「もう、人の話をきけええええ!!!」
べスは絶叫して、一人残された暗い牢の床をダシダシと踏みつけるが、暗い地下室のどこからも、なんの反応のない。
(なんで・・なんでこんな目にあわなくちゃいけないのよ!!!)
べスは、なんにも嘘もついてない。
べスは、森のほとりの小さな水車のついている粉挽小屋の横の小さな家で一人で住んでいている。
時々村人やら町の人達から、粉挽きの依頼をうけ、挽いた粉の1割をその対価にもらいうける。その粉を売った収入が、べスの少ない現金収入の全てだ。
ベスの申告どおり、職業粉挽きで、全く間違いない。
現金収入こそ少ないが、野菜やらなんやらはほとんど自分の畑で自給自足できているので、別に何ら生活に困る事はない。
時々村の図書館で本を借りたり、街まで降りた日は少し甘いお菓子を買ったりするのが、ベスの一番の楽しみ。
そんなつつましい生活をここ何年も続けているのだ。
この粉挽き小屋と、小さな家は、亡くなったべスのおじいちゃんからもらい受けたもの。
べスはおじいちゃんが唯一の肉親だ。父や母はいたのだろうが、ベスが小さい頃に亡くなったなんとかで、記憶もない。
子供の頃は、実は自分がどこかの貴族の隠し子なのじゃないかしら、なんていう妄想もしてみた事はあるのだが、庶民のどこにでもいそうな自分の顔立ちを見る限り、おそらくその線はないだろうという事は子供ながらに感じていた。
村の学校も一応卒業している。
読み書きはまあできる。計算も得意ではないけれど並みにはできる。
ニコニコと笑顔は可愛いが、べスくらいの可愛い子なら、どこにでもいる普通の田舎娘。
魔女だなんてとんでもない。ましてや王都の牢屋にしょっ引かれるなど。
・・・ベスは自他ともに認める、善良な、普通のどこにでもいる田舎娘だ。ただちょっと、ほんのちょっとだけ、べスには普通の人より得意な事があった。
それが、こんな事になるとは。