番外編 始まりの死 と わたし
新田町という町は、いくつかの集落からできた小さな村が始まりだという歴史が存在する。
時代を遡ること1500年ほど前。
現在の千葉県千葉市に6つの集落からなる大きな村ができていた。
名前を「奥田村」という。
当時の村の規模としてはそれなりの大きさであり、交流も盛んな活気あふれた村であったという他の文献も少しながら残っている。
そんな立派な村を治めるのは選ばれた2人の村長だった。
奥田村は6つの集落のリーダーから選ばれた2人を村長として選ぶ、イギリスの貴族院のような方式を取っていた。
その選ばれた2人の村長は農作業監督と狩りの先導の2つを分担し、時にはけがや病気で村長の責務を果たせなくなると他の選ばれなかった集落の長に頼むなど、他の集落から来た人々でできた烏合の集のような村であれど、互いに仲良く、助け合いながら暮らしていた。
そんな村にとある転機が訪れた。
それが村でひそかに広まっていた神の存在である。
神に祈ったら雨が降った。
神に祈ったら病気が治った。
神に祈ったら大きな獲物をとれるようになった。
様々な噂があった。
さらに、
神は人である。
いや、動物だ。
いや、草花だ。
神の形にも色々な噂が立つようになった。
最初は祈りだけだった。
少し経つとグレードアップして供養や供物をささげるようなことをしてたらしい。
先ほど、イギリスの貴族院のような制度を用いていると語ったが、イギリスだけでなく、周辺のヨーロッパの歴史を紐解くと、そこには宗教と政治が密接に絡み合っている。宗教に救いあれど、政治的な犠牲もつきものだった。
例えば、ジャンヌダルク。
彼女は平凡な生まれだったが、ある日教会で神のお告げを受け、自分の住む地域の危機を救った。そして、それを聞いた王侯貴族に戦争の火種として利用され、後に魔女であると疑われ火炙りの刑に処されたという。
宗教はいつも社会をいいように操ってきた。
人が人を操るのではなく、宗教が人を操るのだ。
奥田村に宗教的概念が芽吹き始め、数年たったころに事件は起きた。
村に雨が降らず、付近に野生の動物が見当たらなくなったのだ。
当時の人々は「神の祟りだ!」と言い出し「誰かが神に背いた」「誰かが神に私たちを苦しめるように祈ってしまった」など、ヨーロッパ全土に大きく広がったあの魔女裁判のような地獄が始まってしまった。
最近になってわかったのだが、新田町の研究をする歴史学者曰く「新田町の伝説の始まり」と呼ばれる犯人捜しが始まってしまったのだ。
しかし、残念ながらこの後の文献は途絶えてしまっている。
わかっているのは、村の犠牲となった人が1人の女性であったこと。
その後に神の祟りがなくなったこと。
他にもいたのかもしれないけどわかっているのはそれだけ。
しかも、最近このことがわかったのも、とある1通の書簡が死体が出現する墓地から発掘されたからだ。
それは、とある娘にあてた恋人のような人物からの手紙なのか、それとも近親者からの手紙なのか。いまだにわかっていない。
だが、歴史学者の人々はその手紙を見て確信したそうだ。
この伝説の始まりを。
君たちにはわからないだろうから、古文の内容を現代語訳風に意訳させてもおう。
手紙にはこう書いてあったそうだ。
「○○へ
君が村の犠牲となって数日。なぜか君を障りだと言って貶めた村人が次々と死んでいった。原因はわからないんだけど、君が怒っているのかなって今は思う。
きっと、私も君に殺されてしまうのだろう。夫である私は君を庇うことすらせず、むしろ、疑ってしまったのだから。
でも、後悔はしないし、恨まれてもいい。君が死んだことで村は元に戻ったんだ。
ただ、私たちの娘がさわりの娘として迫害されてからは後悔をするようになった。どうして私の妻がさわりだったのか。なぜ娘が迫害されなければならないのか。そう考えて生きるようになって数か月。
私は見つけた。君の痕跡を。
数日はかかったが、娘と一緒に今、君を見つけることができた。
今から、君の方へ行くよ。また家族一緒に暮らそう。今度こそ幸せに暮らせるように。」
そして、その手紙には続きがある。
書簡にはもう一通の返答ともとれる紙が入っていた。
恐ろしいことに大量の「許さない」を込めてね。
でも、本当に奇妙なのはなぜか村人を全員殺すことなく村が存続していること、そして、それが現代において自殺志願者だけを受け入れる、むしろ人によっては救いの場になっているのは面白い。
おっと、このようなことを言っては人を守る立場にあった君には叱られてしまうかもしれないな。
ただ、私は時代の移り変わりによって、伝説の場所は存在の意義を失い、ただ復讐したいんじゃなくて、一緒にいてくれる人を欲しているのではないかと考えてるよ。
まぁ、いつかその女性が救われるような何かが起きればこの自殺事件も終わるんだろうけどね。
そうすれば、亡くなった君たちのメンツも保てるかもしれない。
あの正義感の強い君が娘を置いて自殺してしまったことは非常に残念だが、
いつか、私が生きているうちにでもこの事件が無くなるようなことがあれば、
そのときは君たちの大好きなサクラの花びらをお墓に備えてあげるよ。
そういえば、サクラちゃんは今頃どうしているかな。
あの時以来会っていない気がするなぁ。
いつか、あの子にもこの話をしてあげよう。
両親の死の大本が何か気になるだろうしね。
そう、私が先祖から語り継いだ物語を。
え?私がどうしてこんな話をしてるかって?
今日は1周忌だからね。残念だけどサクラちゃんが来てないから私が代わりにお墓に来てるのさ。だから、これは君たち夫婦への手向けとして伝えたかったのかもしれない。
私は、奥田 民生。
かの奥田村の子孫にして、この町を見守る役目を追ったしがない警察官だよ。