すべての人たちへ。愛をこめて。サクラver.4
両親が死んだ時。
私はこの町を恨んだ。
町民を守ろうとした両親を、
この町は見下し、侮蔑し、その結果、見殺した。
だから、あのとき、同窓会のとき、
この町に戻ってきたのは本当に偶然だった。
偶然、気が向いただけ。
この町にいると、何もかもを恨んでしまいそうになる。
両親を自殺に追い込んだ、すべての町民を。
私以外のすべてを。
両親の死後から1ヶ月後。
もうすぐ大学生生活が始まろうとしていた私は、両親の居なくなった閑散としたリビングで大量の睡眠薬を手にしていた。
これ以上の生きる意味が感じられなかった。
親友の慰めも、両親の上司からの謝罪も。
表面上は取り繕って笑顔で対応して、情に少し絆されて泣いて。
みんなのフォローは嬉しかったし、支えは頼もしかった。
でも、すべて、私にとってはどうでもよかった。
結局は赤の他人。
私を理解できるのは、私だけ。
今の私は、死んでいるようなものだ。
これから、親孝行をしていくつもりだった。
いい就職をみつけて、初任給でご飯をご馳走して。孫を見せて、おじいちゃん、おばあちゃんって呼ばせてあげたかった。
放置されてたけど、私は存外両親が大好きだった。
だからこそ、この喪失感は私だけのもので、誰かに共有させたくはなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…………。
あぁぁッ――――!!!!
…………
……
…
なんでッ…。
どうして、死ねないのッ…………。」
でも、勇気がでなかった。
死の概念に恐れ、両手が震えた。
片手にもつ大量の薬がパラパラと落ち、手に残ったのは、何も無い。
ただの喪失感だけ。
そんなとき、玄関のチャイムが聞こえた。
麗奈だった。
麗奈は私をずっと見ていた。
今までの私を。今の私を。
だから、今日、私がこの町を立つ時に合わせて死ぬことを知っていたのかもしれない。
もしくは、麗奈のことだから最後の挨拶をしたかっただけなのかもしれない。
でも、私は前者であれ、後者であれ、死ぬ勇気が出ない時、誰かに会いたかったのかもしれない。
助けを求めたかったのかもしれない。
玄関のドアを開け、気づいたら麗奈に抱きついていた。
この死ぬ機会を逃したら、絶対に死ぬことはできないと思った。
だから、悔しかったのか。
それとも、この機会から逃れられたことに対する感謝だったのか。
私の目から涙が溢れ出してしまったんだ。
私は新田町の周辺を走っていた。
おそらく、伝説の自殺スポットに行ってしまった麗奈を引き戻すために。
しかし、なぜか私は走りながら、自分が本気で死にたいと思っていた時期を思い出していた。
寸前のところで麗奈に止められた、というかタイミング悪く麗奈が家に来てしまったときのことを。
あのとき、私が死んでいたら麗奈はどう思ったのだろう。
今、私が麗奈を見殺しにしたら私はどうなってしまうのだろう。
あの日とは真逆の立ち位置。
あのときの私は、他者の同情が受け入れられなかった。
だから、死のうとした。
でも、大切な人が死んでしまった喪失感や、絶望感はきっと同じ。
だから、死にたくなるほどの絶望も怒りも知った私なら、麗奈を助けられる。
病院から走り出して数時間。
もう、時間は夜11時。
息も絶え絶えで汗はこの町に急いで帰って来たときに着ていた3日間そのままのスーツは、びっしょりと滴っていた。
色々な考えを巡らせながら辺りを見渡すと、気づけば新田町の風景ではない、どこか田園風景の様な場所に辿り着いていた。
「ここは……?」
急な景色に驚きつつも、麗奈を探しに歩いていると、少し先に、赤い、小さなプレハブ小屋のバス停が見えた。
そして、
「………、…っ!?麗奈ァー!」
ビクッ!?
「さ、サクラちゃん?どうして、ここに……」
バス停前に座っている如何にも病室から抜け出してきた格好をした麗奈がいた。
「どうして、病院から出ていったの!」
「どうしてって……死ぬためだよ………。」
やはり、ここはきっと、あの伝説の自殺スポットなのだろう。
いつか、両親が訪れた…………、様々な理由を抱えた人が訪れた、あの。
確かに、歩きながら思ってはいたが、新田町が都会から見て田舎とはいえ、こんな田園風景なわけが無い。
近くの町でも、もう少し栄えている。
「死ぬって……っ、どうして私に相談しないの!」
「っ、!私がサクラちゃんに話して、どうにかなる問題じゃないのッ!だからっ……お願い。私を、死なせて………?」
あのとき、きっと私はこんなだったんだろうな。
周りは敵だらけ。唯一の支えは自分だけ。
もちろん、そんなの直ぐに限界がくる。
…………だから、死ぬ。こんな人生を早く終わらせて、楽になるために。
「どうにかなる、ならないとかの話じゃない!
あんたが、私を助けたから!
高校3年生のあのとき、あんたが私を助けたからッ………。
だから、私は今も生きてるんだよ!
お節介な麗奈は大好きッ!でも、そこは嫌いだッ!
……だからッ、私も勝手に助ける!
いろんな人に相談してもらって
なんならこの町一緒に抜け出して
一緒に生きようよ!
この町で生きるなんて、馬鹿のすることだよ!
麗奈が居たから生きれたっ!
麗奈が居たからここに戻ってきたっ!
両親を失った私に残った希望は麗奈だけなんだよっ!
だから、死なないでっ………お願い、、お願いだからっ!私を、1人にしないでっ!」
私は、思いの丈を麗奈にぶつけた。
この命は麗奈に救われた命。
だから、麗奈のために使う命。
今まで生きてきて思ったのは「生きるのは辛い。」
だから、死にたいことなんていくつもあった。
でも、それ以上に、生きて、誰かを救いたい。
そう思える出会いがあった。人がいた。
カウンセラーとして働いて、たくさんの人の感情を知っていくうちに、両親のことを考えて。
そして、親として生きた両親を、その感情を、今ならわかる気がする。
誰もが、誰かのために生きている。
勝手な押しつけの偽善を自分の希望にして。
そして、勝手に絶望して、また希望を見出して。
そうして、両親や、今の私たちは生きてきた。
だからこそ、その偽善はいつしか偽物じゃなくなっていく。
長ければ長いほど、偽善は本物になり、絶望も本物になっていく。
絶望から抜け出すことは難しい。
だから、みんな悩むんだ。
希望が見つからないから…………。
1度みた希望を、諦めてしまった希望を夢見てしまうから………。
だから、私は、夢を与えたい。
生きる希望を。
生きる意味を。
私が希望になって、みんなの、すべての人たちに、愛を……。
あなたを愛して、大切に思ってくれる誰かがいるんだよって。
「ぐすっ……、勝手な押しつけで、ごめん。
でも!私は、麗奈に死んで欲しくない!」
「サクラちゃん……」
「だから!一緒に帰ろ!?こんなとこ、麗奈ちゃんがいていい場所じゃない!
さぁ!」
伸ばした手は、
「……うんっ!」
強く結ばれた。
私はバス停から立ち上がった麗奈の手をとりそこから遠ざかるように走り出した。
「はぁはぁ…」
「はぁ、……っ、待って、サクラちゃん……っ」
麗奈を連れ出して田園風景を走ること数分。
元々赤ちゃんがお腹にいたこともあり、体力のない麗奈は直ぐに息が切れてしまった。
だけど、振り返った景色は、すでに見知った町の風景へと変わり、私たちはこの町に戻ってきたことを知った。
「ごめん、少し休憩しよっか、、新田町にも戻ってこれたみたいだし。」
「うん、、そうしてくれると、あり、がたい、な……。」
10分ほど休憩して、近くのコンビニで飲み物を買ったときのことだ。
「あれ?ない!ないっ、ないっ!ペンダントがない!!」
支払いを済ませようと財布を取り出したとき、財布にずっと付けていた両親の形見であるペンダントがどこかに消えていた。
麗奈の家を片付けるとき、スーパー等でご飯を買ったタイミングでは付けていたはずだった。
もしたしたら、走っている間にどこかに落としてしまったのかもしれない。
「麗奈ちゃん!ちょっと、待ってて!」
探しに行こうと、もう一度町を掛けまわろうとした時、
「待って!サクラちゃん!今、私を1人にしないで……っ」
麗奈に腕を引かれて止められた。
はっとした。私は麗奈の状態を考えていなかった。
また、失敗を重ねるとこだった。
「ご、ごめん。」
「ううん、私こそ、ごめんね。
大事なペンダントなのはわかるんだけど……、」
「うん……。」
あれは、唯一の両親との繋がりだ。
無くしてしまったのはかなり辛い…。
でも、今は、
「そうだね……。」
「?」
「今は、麗奈が生きて、一緒にいることの方が大事だ。」
あと少ししか入っていないペットボトルを空にして、私は「そろそろ移動しようか」と麗奈に確認をとると、病院へと仲良く手を繋いで帰った。
その後は「今後こういうことは絶対に辞めてくださいね!」なんてナースの方に言われて麗奈が少ししょんぼりしていたけど、その目には病院を抜け出す前には無かった希望の光が宿っていた。
それから、数年。
相変わらず会社のベテランカウンセラー兼ベテラン社員として働いている私には
「おかえり、サクラちゃん!お疲れ様ー!!」
「ただいま、麗奈。」
まるで、嫁みたいな私の親友が住み着いていた。
「毎回思うけど、ほんとに夫婦みたいだよね、これ。」
「まぁ、いいんじゃない?私たち、ずっと仲良し!だから、これですべてよし!イェイ!(それに……、私は別に嫁でも……ゴニョゴニョ……)」
ちょっと、呆れ顔の私に、満面の笑みを浮かべてVサインのピースを前に突き出し、ゴニョゴニョとモニョモニョしながら麗奈は楽しそうに笑った。
自殺未遂以降、麗奈は実家に帰っていない。
なんなら、新田町に帰っていない。
病院を出た後、両親にたった一言「さようなら」と別れを告げ、現在のように、私の家にシェアハウス?している状況である。
ただ、お母さんとは連絡を取り合っているそうだ。
ちなみに、麗奈はブログを立ち上げて家で仕事をしているが、ブロガーとしてかなり儲かっているらしい。
相変わらずすごい親友だよ、麗奈は。
いつか、家族を持って両親に報告……なんて夢を持っていた私からすると新しい家族?の形過ぎて両親に何と報告したものか……と悩ましいことではあるが、独身……、もしかすると麗奈と…………。いや、それもきっと、両親なら笑って許してくれる。
あの日無くした形見のペンダントについては、怒られそうだけど、でも、今はそれが無くても両親ならこういうと思う。
「誰かのために頑張ってるときに落としたなら、それは勲章ものだな!」
みたいに。………多分。
それと、最近知ったことではあるが新田町の伝説の自殺スポット。
あそこの自殺者が急激に減っているらしい。
なにやら「生きる希望がそこにあった。」やら「人生で一度もみたことがない。これからも見ることはないような桜があった。」とか色々新たな噂が流れていて、今はむしろ町を挙げて自殺希望者を更生させるためのキャンペーンを実施しているとかなんとか。
それを聞いた麗奈は
「きっと、サクラちゃんの思いがあの場所に桜を咲かせて、みんなに希望を与えてるんだよ!私に希望をくれたみたいに!えへへっ……。」
なんて顔を赤らめながらいうけど、私はあまり信じていない。
あの町は私にとっては負の感情が溢れてしまう、そんな町だ。
それは、横でニヤニヤしてる子にとっても。
でも、
でも、
もし、あの町がいつか、いつか噂のように、
みんなに、すべての人たちに希望を、愛を与えてくれる場所になったのなら、
またいつか、私はあの町に帰ることができるだろうか。
両親のペンダントを探しに行きたい気持ちは未だに残っている。
それに、両親の墓参りも。
いつか、また………。
あの町に……
新田町には、ある2つの伝説がある。
1つは古くから言い伝えられてきた伝説。
それは、誰の邪魔を受けることなく確実に自殺ができるという伝説のスポットがあるということ。
――――もう1つは最近できた伝説。
それは、自殺をしようとした者たちが希望を抱いて明日を生きようとすることができる伝説のスポットがあるということ。
元自殺志願者たちは皆一様にしてこう語る。
『桜の木があった。
これまでTVでも見たことのない、とても、とても大きな満開の桜の木が。
言葉に形容できないほど美しいそれは、私に生きる勇気をくれた。』
と。