すべての人たちへ。愛をこめて。サクラver.3
私は、麗奈の死産を聞きつけ、仕事を途中で放り出し、有給をすべて使うつもりでまたこの町に戻ってきた。
ガラガラッ
「麗奈!大丈夫っ!」
「……っ!?…………あっ、サクラちゃんか……、うん。大丈夫……だよ?」
病室のドアを勢いよく開けると、そこにはたった1か月の間に別人かと思うくらいにやつれてしまった麗奈がベッドで座っていた。
「麗奈……。」
赤ちゃんを失った喪失感からだろうか。
麗奈の目は生気がなく、まるで両親のよう――――いや、死んでいる人かのような暗い眼をしていた。
「サクラちゃん、赤ちゃん……、いなくなっちゃった……。」
「っ……」
見るに堪えなくなり、目をそらしてしまった。
今の麗奈が今までの麗奈とは何もかもが違いすぎて、これは嘘なんじゃないかとさえ思ってしまう。
「あのね……。お父さんが来たの。」
「え……。」
「久しぶりに会えて嬉しかったの……。でも、
『やっと、その荷物をおろしたのか!よかった!麗奈はいい子だ!』
って言って……、私、どう…したらっ、いいっ?」
「ッ!?さ、さ……最低ッ!人の子を、母になる決意をした麗奈になんてこと言うのッ!?」
「……んふふ………、サクラちゃんがその時、そこにいてくれたらよかったなぁ……、そしたら、そしっ……たらッ……。っ…あ、っ……、ぅあ……!」
麗奈の父親は思ってたよりもクズだったらしい。
カウンセラーとしての意見もあるが、女性として、母親になることを決意した娘に、自分の望みが叶って子供が死んだ、なんて言っていいわけがない!
子供を育てようと、必死に生きてきた麗奈のすべてを侮蔑する発言をするなんて、まして、父親が言っていい訳がない!
赤ちゃんを産み、育て、きっといつかは彼女自身から両親に孫を見せて家族としてやり直すきっかけを作ろうとしていたはずなのにッ……
「つらかったよね……。赤ちゃん、産みたかったよね……っ」
「……っ…………うん……」
壊れた心をさらにえぐるような言葉は絶対に麗奈に刺さってしまった。
私ができるのは、抱きしめて、優しい言葉を投げかけてあげるだけ。
親友としてできる、私にしかできない、たったそれだけ。
でも、これが少しでも、麗奈の慰めになるのなら……。
私はそっと麗奈を抱き寄せ、涙が枯れきるくらいに泣き疲れるそのときまで、麗奈の頭を優しく、優しくなでてあげるのだった。
麗奈が泣き疲れて眠った後、私は両親と別居している麗奈のアパートに向かうことにした。
麗奈の家に入ると、部屋の中が少しあれていた。
着ていた服はどこかに脱ぎっぱなしになっており、丁寧に置かれていたであろう赤ちゃん用品は床に転がってしまっている。
おそらく、産婦人科に行った帰りだったのだろう。
ショッキングな内容ゆえに、家に帰って赤ちゃん用品を見て現実を思い出してしまったのだ。
あれだけ麗奈がやつれていたんだ。
よほどの精神状況であった事が伺える。
まず、散らかった部屋を整理することにした。
もちろん、麗奈への配慮として、赤ちゃん用品はすべて廃棄するつもりだ。
もの寂しげに部屋の隅に置かれたカラカラを手に取り、少し鳴らした後、私はそれを粗大ごみ用の大きなゴミ袋に放り込んだ。
部屋の整理は、意外にも3日間かかった。
麗奈が赤ちゃん用品を買いすぎていたためだ。それは、部屋用の簡易遊具も含まれており、麗奈の赤ちゃんへの思いが伝わってくるようだった。
かなり時間を空けすぎたと思い、麗奈の精神状況を鑑みて急いで病室に戻った。
ガラガラ……
「麗奈……、やっと部屋の掃除終わったよ……、
あれ?麗奈?お手洗いにでも行ったのかな?」
しかし、そこに麗奈の姿はなかった。
最初は、単純に病室から出ているものだと考えていた。
普通ならみんなそう考えると思う。
私だってそう思ってた。麗奈は所用で少しの間ベッドから離れているんだって。
でも、麗奈はいくらたっても帰ってこなかった。
後から知ったのだが、麗奈が病院からいなくなったのは、皮肉にも私が病室に来る数分前だったらしい。
私が異変に気付いたのは病室に来て30分たった時だった。
さすがに遅いなと思い、近くのナース室に麗奈がどこにいるか聞いてみた。
すると、
「あの患者さんは、精神が不安定でいつ何が起こるかわからないから必ず誰かほかの看護師さんと一緒に行動しているはずよ。
あれ?でもおかしいわね。いつもなら病室からナースコールがきて看護師が向かうようにしているのだけれど、その履歴がないのよね。」
まずいっ!
「まったくいるのよね。そういうルール守らな……って、ちょっと!?どこいくの!」
私は気づいたら病院から走り出していた。
確信も根拠もない。
でも、まずい気がした。
これは、女の勘だ。
あてにならないこともある。
でも、今回は違う。
カウンセラーとして働いている私がみた麗奈と、麗奈の家。
そして、とどめとなったクズな父親のあの言葉。
状況は違うけれど、そうなる条件としてはあってもおかしくはない。
せめて間違いであってほしい。
麗奈はそういう人じゃない。
でも、周りがそうさせたら?
麗奈といえども……
いや!でも、!
堂々巡りの考えをしながら走り続ける。
例えそうでなかったのならいい。
でも、そうなら…………。
おそらく、麗奈を救えるのは、きっと、私だけだろう。
両親も、きっと、こんな感じだったのかもしれない。
大切だと、守ってきた町民からの心無い言葉。
それも、何度も何度も何度も何度も。
あの時は、救ってあげられなかった。
気付いてあげられなかった。
だから、今度は間違えない。
間違えたくないッ!
ゆくあてもなく走った。
目的地はない。
なにせ、そこは存在していない場所。
走っていればいつか、そこへ行けると信じて。
親友のいる、あの場所へ。
この町にはとある伝説がある。
それは誰にも邪魔されない有名な自殺スポットがあるというのだ。
その自殺スポットは自殺の願望があるものしか入ることを許されていない。
だが、もし……
そこにそうでない人が入れるとしたら…………
それは、きっと、
「死にたい」
と過去に一度でも本気で思ったことがあるものだけだろう。