すべての人たちへ。愛をこめて。サクラver.2
私の大学生活は「バイト」の一言に尽きる。
就活で「部活なにをやっていらっしゃいましたか?」なんて聞かれて、
「生活費と大学の学費を稼ぐのに精いっぱいだったのでやっていません!」と答えた時の面接官の顔を今も忘れない。
というか、さすがに反省して一社しかその解答はやっていないからその会社が記憶に残っているだけなのかもしれない。
両親が過労と精神的ストレスによって自殺し、高校3年の卒業間近で生涯孤独になった私は、大学時代を大量のバイトの掛け持ちでなんとか乗り越え、晴れて新社会人としての一歩を踏み出していた。
私が今務めている会社は大手のコンサルタント会社だ。
そこで、普通の社員兼金曜日の6時間だけ社員の心の健康を守るカウンセラーとして働いている。
カウンセラーをし始めてもう半年が過ぎようとしているが、傾向的に表情や言動にストレスを出さずに溜め込んでしまう人が多いように感じる。
「大人として弱音を吐くことはかっこ悪い」だとか「好きな社員がいて、その人に余裕を見せたい」などと言って、無理な仕事をする社員のなんと多いことか。
でも、表情や言動を出さなくても数か月もすれば大体は分かってくるようになってくる。
その人の日々の目線や、会社での生活を見ていると、あれが原因、これが原因など、なにげない日々の行動を観察すると見えてくるものがあるからだ。
今となっては、両親が時折見せていた頭をなでるときの悲しげな表情にも、自殺に至った何かがたくさん見えていたのかもしれないと、考えるようになって来た。
正直言うと、私がカウンセラーとして働いているのは明らかにあの日のことが由来している。
別に、カウンセラーとして働いて自殺を止めたいと考えているわけではない。
単純に、私の過ごしたあの日々が両親にとってどんなものだったのかを知りたかっただけだ。
人は必ず何かしらの仮面をつけて生きている。
それは、大切な家族であってもだ。
私の両親が何を思って私を置いていったのか。
どうして、一緒に死んでくれなかったのか。
私は、どうして生きているのか。
あの日々に帰ることができたら、私は両親に問いたい。
「どうして苦しさを家族である私に共有してくれないの?」
「私に今笑いかけているあなたたちは本当に笑っているの?」
「私は二人にとってどんな存在なの?」
さすがに、社員の中に私のような経験をした人は少ない。
今の私は、あの町を出て都会に出ているのだ。
あの町で出る自殺者が多いだけで、ほかの町では近親者、それも両親がともに自殺した。なんていう人はいない。
いるかもしれないが、私はあったことがない。
あの町では今何が起こっているのか。
あの町でいつ誰が死んでいるのか。
あの町でまた私のような悲劇が起きているのか。
知ろうと思えば知れるそれを、私は避けていた。
だから、今は一部方向を無視して前を向いて生きている。
この会社のカウンセラー兼社員として懸命に働いている。
いつか、両親に会って色々聞くために、まずは今を生きる。
でも、もし、私のようなつらい経験を送ってきた人がいるなら伝えたい。
こうして、私は今を生きれていると。
だが、それはそれとしてやはり気になるものは気になっていた。
先ほどかっこつけておいてなんだが、私は両親の死をきっかけにあの町の伝説が本物であるならどのようなメカニズムなのか解明しようとしていた時期もあり、それは今もなお、働いているため少しではあるが続いていたりする。
そして、私の人生、私の物語において、急展開があったのはちょうど2013年の7月上旬のことだった。
2013年7月4日
私は、この町に、新田町へと帰ってきた。
ここに来るのも、高校卒業以来だろうか……。
知っていると思うが、私は金欠大学生だった。
だから、大学の学費(返済義務のある奨学金)返済のために交通費や日々の贅沢も含め、お金の無駄遣いなどできるはずがなかった。
だが、いまの私は社会人。
それも、社員兼カウンセラーとして働いている分給料はちょっといいし、大学時代のアルバイト生活のおかげでそもそも返すお金が少なく、ここ数年以内に満額返金できる余裕のある立派なレディなのだ。
そのため、久々の高校の集まり、いわゆる同窓会に参加を決め、この町に帰ってきたというわけである。
そんな都会女満載で気取っていた私の前に現れたのは、当時両親が蒸発し生涯孤独になった私を支えてくれた親友の麗奈だ。
「やっほー。麗奈おひさー。」
「わあああ!久しぶりっ!都会の女になったって感じだね!」
私の軽い挨拶に、元気に返してくれる麗奈。
「相変わらず、麗奈は等価交換無視の元気を私にくれるね。」
「もちろん!だって、私は親友だからね!」
昔から、「元気!」の塊のような子で、さすがに、私の両親が蒸発したときは鳴りを潜めていたが、大人になっても、変わらない麗奈に少し安堵した。
麗奈に車で迎えに来てもらっていた私は、車に乗り込んで、都会での生活や大学時代の話を色々としていた。
両親のことには触れず、それまでの高校のときの話で盛り上がっていたときだった。
「そういや麗奈は今も彼氏とうまくいってんの?」
麗奈には高校から付き合っていた彼氏がいたことを思い出した。
進んだ大学が確か一緒で、私が不安定なときに麗奈と一緒にいてくれたいいやつだ。
だけど、麗奈は気まずそうにほほをかいた。
「いやぁー、あれね……。うん。うん……。」
「ど、どうしたの?まさか別れた?」
「そう……。」
しょんぼりと話す麗奈にこの話を持ってくるのはまずかったと反省をした。
いや、車で迎えに来るなら仲が良かったあいつもいるだろうとは考えなかったのか、私はッ!
だが、そんなこと今思っても仕方なく、過去の自分を恨むしかない。
運転している麗奈の方を向くと、その目はまっすぐと、しかし、どこか遠くの方を向いているように見えた。
「実はね……。」
「?」
「お腹に赤ちゃんいるの。彼の」
「!?」
まさか……
「とても、優しいのは知ってると思うんだけど、すごく責任とかプレッシャーに弱くてね?
赤ちゃんできたって話したらまだ心の準備できてないから堕ろそうって言われてビンタして別れちゃった……。えへへ。」
「そっか……。」
確かに、優しさのあるやつだとは思ってたけど、どこかよそよそしいところがあるやつだ、とも思っていた。
でも、まさか、そんなことになるとは……。
「それで、その赤ちゃんは生むつもりなんだよね?」
「……うん…。そのつもり、だよ。」
「歯切れ悪いけど、何か問題でもあったの?」
「実は……」
どうやら、麗奈の家族はこの出産に猛反発しており、父親のいない状況で子供を産むことが許せないそうだ。もちろん、麗奈の彼氏のことも。
そのため、産むなら勘当を言い渡されるらしい。
しかし、お腹にできた赤ちゃんを麗奈はあきらめたくない。だから、現在両親とは別々に暮らして赤ちゃんを産む準備をしているそうだ。
「そりゃ、大変だね。って、すごく他人ごとみたいだけど、ごめんね。」
「ううん。他人ごとなのは仕方ないよ。だから気にしないで。ね?」
「うん。ごめん。でも、なにかあったら教えてね。今度は、私が麗奈を救う番だから。」
「うんっ!ありがとう!助けがいるときはちゃんと連絡するねっ!」
近くのホテルについた私は、麗奈と別れ、明日の同窓会に向けて、どんなやつがいたかなー。
なんて、スマホのアルバムを見返しながら眠りについた。
次の日の昼。
久しぶりに会った同級生はあまり変わらない雰囲気で、麗奈だけ特殊ではあったが、それなりに元気に過ごしているようだった。
気まずいのか、あいつが来ていないのは気に食わなかったが。
いつかあったら、まずは私の麗奈を悲しませた報いとして一発拳をお見舞いする所存である。
みんなと楽しく話し、食事やお酒を飲みながら同窓会は閉じていった。
この町に来て、両親のことばっかりを思い出すからそうしないように、と気を配りすぎていたのかもしれない。
それに、久しぶりに会った高校の同級生と話すうちに気が解れてしまったのかもしれない。
麗奈と話すうちに高校3年生の頃の弱い自分が出てしまったせいなのかもしれない。
私はまたも失敗を、悲劇を重ねることになる。
妊娠している女性にお酒を飲ませることがいかに胎児にとってどんな悪影響をもたらすかを知っていたのに。
麗奈から連絡が来た。
『サクラへ。
赤ちゃんが死産してしまいました。
親友としての頼みです。助けて。』
私が都会に戻って、1か月経ったときのことだった。