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勇気の塔と酒場の夜

 ブランジェの街にたどり着いたのは偶然だった。

 いや、偶然とはなんだろう。確かにこの街を目指してきた。けれどもその契機は他の街でこの街の塔の話を聞いたからだ。俺たち、召喚術師の俺ドルチェと戦士のタリアテッレは、この世界をうろうろとさまよっている。さまよいの起点はタリアテッレが突然勇者になるんだといって村を飛び出したのを心配で追いかけていったのが始まりだが、二人で冒険者になって諸国を漫遊するという気楽な生活を初めてもう3年ほど経つ。

 だからいまこの国をふらふらしているのは偶然で、たまたまブランジェの街の話を噂で聞いてたまたま訪れたのだから、これは結局偶然の産物だ。


 そう思うほどには馬鹿馬鹿しい訪れだった。

 『勇気の塔』。そんなものがブランジェの街の近くに唐突に現れたらしい。そんな噂を聞いて、タリアテッレが向かわないはずがない。タリアテッレが勇気なんて勇者っぽいものを見逃すはずがない。俺はといえば勇気も勇者もどうでもいいが、2人しかいないパーティなわけで、必然的についていくことになったわけだ。そもそも風の向くままなのでどこにいったところで構いやしないわけであるし。

 そうしてブランジェの街に来て一番最初にしたこと。それは眺め上げることだった。

 ブランジェの街は平地にあり、建物もせいぜい3階建てといったところだ。そんなところに天をつくような塔がそびえ立っている。そしてうっかり太陽を視界におさめて目が痛くなった。タリアテッレも隣で転がっている。


「ははは。あんたらこの街は初めてかよ。たいていの奴らは最初に同じことをするんだよな」

 そう笑うのはこの街の衛兵らしい、四十過ぎの鎧を着た男だ。男に冒険者ギルドのカードを示して入街許可をもらう。

「あんたらもあの塔に挑むのかい」

「もちろんだ! 今から速攻、イテッ」

「情報を集めてからだな」

 タリアテッレを引っ叩く。放っておけば、言う通りあの塔に一直線だろう。準備をせずに飛び込むほど俺はお目出度くはない。

「あれは一応ダンジョンなんだろう?」

「そうだな。妙な名前だが、できたのはちょうど3週間ほど前だ」

「踏破したやつはいるのか?」

「俺が知る限りではまだだな。どうだい? 情報がほしけりゃ奢れよ」

 衛兵は杯を仰ぐような仕草をする。

「あんた仕事はいいのかよ」

「そろそろ交代の時間だからな。いい宿も紹介するぜ」

 そういって堂に入ったウィンクがついてきた。妙にフレンドリーだが、憎めない印象だ。

 できたばかりの未踏破ダンジョンというのは人が集まる。冒険者ギルドで情報収集をしようと思ったが、そこは冒険者のことだ。お互いが足を引っ張り合い、出てくる情報も不確かなことばかりで信用がおけない。けれどもこの街の住民なら、そうそう嘘はつかないだろう。足音に男の後ろを眺めれば、本当に交代時間なのか別の鎧の男が現れた。


「このダンジョンなんだが、現在の最高踏破階層は14階って話だ」

 結局、宿屋を紹介してもらいがてらその1階の食堂でエールをおごる。常連、というよりは馴染みらしく、女将ときやすく声を掛け合っている。これなら信用しても良さそうだ。

「へぇ。ここって何階まであるのかな」

「それはわかんねえな」

「なぁ、勇気の塔って何するんだ?」

 タリアテッレの言葉に衛兵の男はポカンと口をあける。

「何って……普通にダンジョンだよ」

「なんか勇気があったら勇者になれるとかないかな」

 男の首はますます斜めになった。勇者というのは魔王を倒した功績とか大勢を救ったとか、あるいは神が定めたとかでなるものだ。ダンジョンを踏破して勇者になれる勇者なんて簡単すぎるだろ。

「そういやなんで『勇気の塔』って言うんだ?」

 普通はその場所に応じて見つけた者か冒険者ギルドが名付けるか、昔からあるものなら住民が名前をつけている。例えば火山にあるなら火の塔、海にあるなら海神の塔なんて具合だ。一番とちくるってるなと思うダンジョンの名前は、高名で頭のおかしい魔術師が魔法薬を飲んで名付けた『三千年の常闇と狂気の導べ』。それなのにゴブリンしか出ない残念さである。


 ダンジョンなのだからそれに挑む冒険者はそれなりに勇気を持ち合わせているだろうが、逆に言えばどんなダンジョンにつけてもおかしくもなく、だからかえって区別のために忌避されそうな名前ではある。

「なんでって、塔の入り口にそう書いてあるんだよ」

「入り口に?」

「そうだ。1階に扉があってな、そこの壁に『勇気の塔』って刻まれてる。この塔が発生したときからそうだよ」

 自ら名乗るダンジョンというのも珍しい。

「勇気に関連するようなものがあるのかい?」

「そうそう! 勇者になれそうなのとか! イテッ」

「うーん、俺も冒険を生業にしているわけじゃないんだがな。冒険者に聞いたところでは普通のダンジョンとそう変わらないってきいたぜ」

 そう言って、男はわざとらしく酒を飲み干した。

「おかみさん、もう1杯!」

「ありがとよっ! そんで中身はだな」


 少しだけ饒舌になった男が話すには、その塔の内部は外から見るよりはもうすこし拾いらしい。外から見る直径は大きめの貴族屋敷が丸まる入る程度だが、中に入れば一階層がこの街がすっぽり入るぐらいの大きさらしいのだ。といっても空間の大きさが中と外で違うことはままある。

 そして14階まではおおよそ2~5メートル幅の道が迷路のように続き、主にゴブリンやオーク、スケルトンといったわりにありふれたモンスターが出るらしい。時には宝箱や罠もあるそうだ。

「帰還は?」

「ダンジョンの中にちょくちょく帰還石が出るらしくてな。けが人は多いが今のところ死者はでていない」

「そりゃお目出度いダンジョンだな」

 帰還石というアイテムは初級のダンジョンが時折用意するダンジョンアイテムで、それを使用することで塔の外にでることができる。そうすると、試しながら進み、危険になれば撤退するのがいいだろうか。

「なるほど、助かった」

「あんたここに泊まるならさ、情報があったら教えてくれよ。よろしくな!」

 そう言って男は再び杯を上げた。

 タリアテッレはまだ飲んでいくらしいが、俺は先に部屋に上がることにする。俺はタリアテッレみたいな体力バカと違うから、きちんと睡眠を取る必要があるのだ。


 そう思った翌日。空はきれいに晴れあがっていた。

 二日酔い気味のタリアテッレを叩き起こして街の少し外れにある『勇気の塔』に向かえば、そこには既に冒険者で人だかりができていた。そして確かに、1階の入り口の上には看板のように『勇気の塔』と書かれていた。

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