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「本当に手に入れたいのなら、形振り構っていられないと思うんだ。
だから姉さん、覚悟を決めるべきだよ。
あの札をめくるべきだ」
みんなが寝静まった夜、弟は私の部屋に来て言った。
私は黙るしかない。
抵抗があるのだ。
心もとなさそうにキャリーのいつも結い上げた髪が揺れ、
まばゆいばかりの髪は夜の闇に飲み込まれる。
「姉さんのいいようにしたらいいよ。
ただ、成功率が60%から100%に変わるだけだから」
「シェッドはどうして父さんのことを話せたの?
嫌じゃなかった?」
「キャリー、君は嫌だと思うのかい。
自分の父の歩んできた道を。
僕はそうは思わない。
父がいるから僕がいる。
嫌いになんてなるはずがないんだ。
育ててくれて嬉しいんだから。
君も“父”が好きだよね?」
今、弟は私に姉としてではなく、一人の人間キャリーに話しかけている。
だから私も一人の人間として答える。
「そうね、嫌いになんてなれないのよ。
あの時輝いていた日々は嘘じゃないんだから。
今も変わらず好きなのよ、“父”を」
シェッドの目が柔らかくなる。
「で、どうするの」
「あの札をめくる。
父の姿から目を反らさない」
あの札が切り札となればいい
キングとクイーンの結婚式が早まったので、
キャリーらの計画も早めなければならなかった。
作戦決行は号外が出された日から三日後の今日。
「おまえさん、その格好はなんだ?」
おやっさんがまずいものでも見たかのように問う。
「似合う?」
にたっと笑うキャリー。
「孫にも衣装だな」
あやすように頭を撫でる。
「え~、自信あったんだけどなぁ」
不満を表す。
遠くでシェッドが呼んでいる。
「はいは~い、今行く!」
「あれは、まさかな…。違う違う」
おやっさんは独り言を自分で打ち消すように否定した。
「姉さん覚悟は出来てる?」
「もちろんよ!まっかせなさい!」
「その調子。じゃあみんなに一声かけて」
胸を反らすほど息を吸い込む。
「乗り込むわよ!!」
「「「おー!!」」」
多くの声が重なり、それぞれを鼓舞する。
震え立つ心。
城の門番は今日も警備をしていた。
「こんにちは。お疲れ様です」
そこには貴族の少女が立っていた。
少女の金色の髪が太陽の光を受けて輝く。
「あの、どのような御用でこちらに?」
少女は口元に手をおいて微笑む。
「わたくしとしたことが、忘れていましたわ。
ごめんなさい」
謝る姿がとても愛らしかった。
知らず知らずのうちに門番は少女の空気にのまれる。
「わたくし、キングさんにお会いしたいのです。
近々結婚なさるのでしょう?」
「ええ、ではお名前を」
「わたくしは―
「大変です!」
今日も王座に座るクライトと隣に立つカトレアのもとへ、
門番が飛び込んできた。
「何だ、騒々しい」
クライトは冷え切った目で門番を見る。
冷気を纏う瞳に門番は肩を震わせた。
そして膝をついてキングを見る。
「速報です。姫が現れました」
場の視線が門番に集まる。
「あの旧王制の姫です!!」
椅子に座っていたクライトの父が取り乱す。
「馬鹿な!
死んでいるはずだ!!」
「誰が決めたのです?」
少女が現れた。
ワインレッドのドレスが上品に映る。
さらさらと金の髪がなびいた。
「ああ、お邪魔しております。
外で待つのは退屈でしたの」
にっこりと微笑む。
「私は騙されない!
あなたキャリー・ファナーレね!?」
カトレアが銃を構えて少女を睨みつける。
「今更気付いたの?」
何も知らないような無垢な少女から、
酸いも甘いも噛み分けた少女に変わった。
「で、では貴方は姫ではないのか」
クライトの父が狼狽する。
「いいえ、わたくしは四つの名を持つ者です。
ですが、あの日を境に名乗れなくなりました」
その場にいた者全てがキャリーの言うあの日を察する。
新革命
当時キングのクライトの父を筆頭に多くの者が立ち上がり、勝利した戦いだ。
これによって王制は滅び、ガンマン社会となったのだ。
「まあ、そんな湿っぽい話は後。
私がここに来たのはクライト、あんたに会うため」
クライトの冷たい目が戸惑いを見せる。
「何故?
それと本当に王女なのか?」
キャリーは目を細めて笑う。
そして一歩一歩王座に近づいていく。
クライトのもとへ。
「させない!衛兵捕らえなさい!!」
カトレアの思いに反し、ガタッという物音がする。
音の先には転がる衛兵達。
「そうはさせない。
俺は娘が可愛いんでね」
シーザーの象徴たる白銀の髪が恐怖を引き起こす。
その空気の中着々と歩みを進めるキャリー。
ついにクライトの前に立つ。
椅子に座るクライトとまっすぐ目が合う。
「ねえ、あんたはクイーンと結婚するワケ?
そうよね、キングだから」
冷めた目でクライトを見据える。
唐突に笑うキャリー。
「でも私はあんたが好き。
さて、どちらを選ぶかしら?」
クライトの喉がごくりと音を立てる。
―甘い誘惑
砂漠で渇いた喉はとうに限界で
お前を何度も求めていた
今、水が前にある
この渇いた喉をお前は潤してくれるのだろう
しかし、お前は選べと言った
キングであるか、キャリーを選ぶか
まったく、最強のジョーカーだな
クライトは嘲笑する。
そんなもの決まっている
俺が選ぶのは
キャリーを見やると彼女は口の端を上げて笑っていた。
そして心得たように俺の耳元へ口を運ぶ。
栄華えいが・キャリー・ファナーレ・天照アマテラス
あれ程望んだ彼女の真名を噛みしめるように心の中で反復する。
「さて、行くわよクライト」
「ああ、栄華」
見つめ合うキャリーとクライト。
クライトは王座を降り、階段までも降りていく。
「王女!!」
クライトの父が呼び止める。
立ち止まって振り返る。
「申し訳ございません!
私は貴方様の父を殺しました」
腰が折れるのではないかというぐらい深く謝礼をする。
「知ってたわ。あなたはその腰に指した銃で父を殺したのよね。
そしてそのまま私達のもとに来た。殺すために。
あなたは結局、幼い私を殺せなかった。
逃がす時、あなたは言った。
『貴方達には下は生きづらいでしょう。
むしろ死ぬかもしれない』と。
言葉の通りいろいろあった。
こんな苦しい目に合わせた父が憎かった。
でも、幸せだった時があった。あの人は確かに私の父だった…。
私は愚直な父に最も尽くしたあなたを憎めません。
何も知らず、止められなかった私だからこそ。
そう母も言うでしょう。ねぇ、王妃」
キャリーは壁に隠れている母を見つめる。
「私は愚直な父に最も尽くしたあなたを憎めません。
何も知らず、止められなかった私だからこそ。
そう母も言うでしょう。ねぇ、王妃」
キャリーは壁に隠れている母を見つめる。
母は腹をくくり皆の前に出た。
王の華とまで言われた美しさは衰えていた。
手は水仕事をしているため、荒れている。
だが、目が違った。
生き生きとしている。王妃であった頃よりも。
「私はあの人に甘えていました。
あの人の愛の言葉を聞いているだけでよかったのです。
でも、違った。私はあの人の真っ直ぐさ故の過ちを止めるべきだったのです。
あの時、私は死を覚悟しておりました。あの人と共に極楽浄土に昇る覚悟を。
その私が二度の人生を歩んでいます。支えあう夫もいます。
これ以上何を望めと言うのでしょう?
いいのです、時は戻りません。だからこそこの一瞬を大切に生きてください。
悔やむよりもこの国を良くしてください」
憎しみを隠し、許しを与える姿はまさに聖母。
どんなに落ちようとも心は変わらないのだ。
「ありがたき、言葉に存じます」
クライトの父は涙ぐみながら旧王妃の言葉を受け取った。
「ではさっきの王妃は消えたということで。
ほらキャリー帰るわよ」
母の姿になった王妃は娘を見やる。
いつの間にか父と弟も並んで待っている。
「はーい、今行くー!」
クライトの手を引いて向かう。
「行かないで!!」
カトレアの泣きそうな目がクライトに向けられる。
「お前はどうして俺にすがる?
お前のそれは本当に恋か?」
冷たい目に身を震わせながらも、カトレアはなお見つめ返す。
「惹かれたんだもの、恋よ」
「ああ、そうだろうな。俺はセントでもあるからな。
お前は錯覚しているんだ。以前のセントが消えたから。
そこにまったく同じ俺がいる。同じ俺が。
お前はクイーンとしてはいいヤツだと思う。
だが、カトレアとしては嫌いだ。お前がセントを消したから」
セントの変わりようを知っている者は全てカトレアを凝視した。
まさかという一つの感情で。
「違う…、そんなことしていないわ」
「本当か?
お前だけは間違えてはいけなかった。セントと俺を。
間違えただろう、あの日」
セントと話した次の日、セントは変わった。
違った?あれはクライトだった?
「俺はセントを変えたお前を許さない」
「で、でも私はあなたのことが―
「青彩しょうさい、それ以上は言うなよ?」
真名を持った命令は恐ろしいほど力を持つ。
「ひ、酷いわ。言わせてもくれないのね」
苦しみながらも声を絞る。
「お前は俺に名前を教えるべきじゃなかった。
自分と向き合え、カトレア」
去り行く背中をただひたすらカトレアは見つめていた。
あれから、キングが消え国は混乱に陥る。
カリスマを持つクライトこそ、統率者にふさわしかった。
国はキングを求める。
そこで前キングは新しく法を作る。
キングは囚われなき者であり、愛した者と婚姻を結ぶことが出来る、と。
それから数年後、キングの結婚式が開かれた。
キングが妻に選んだのは旧王国の姫だった。
国は旧王制復活を恐れて揺れた。
反対に、待ち望んでいたキングの帰還に人々は心から喜んでいた。
「クライトがいない間大変だったよ~」
あはははと笑いながらセントは言った。
「僕にキングを求めるんだよ?もうまっぴらだっていうのに」
「それは悪かったな」
にこりと安らかに笑った。
「ふ~ん、いい顔で笑うようになったね。
黙って見送った甲斐があったよ」
「ああ、お前は隠れてたな」
からかうようにセントを見る。
「だって僕の話題だったじゃないか。出ようにも出られないよ」
セントはその時を思い出し、拗ねている。
「あれからカトレアとは?」
「勝負三昧なんだよね~。何がどうなったのか…」
突然ドアに銃を向ける。
ドアを開けた人間と向かい合う。
「新婦の準備が出来たって呼びに来ただけなんだけど」
殺気を向けられたカトレアも思わず銃を構えていた。
その横をすり抜けるクライト。
「キャリーのところ行ってくる」
「あうぅぅ~、素敵ですー」
新婦の前で涙ぐむ少女がいた。
「レア、泣かないで」
キャリーは幸せそうに笑いかける。
「だってだって、とっっても綺麗なんですー!!
女の憧れです~」
ぐすっと鼻をすすりながら言った。
「何、ようするにレアはそのうん十万もするドレスを着たいわけ?
じゃあ僕達終わりだね」
シェッドは馬鹿にするように言った。
「嫌です!!捨てないで下さい~。
私はシェッド君と結婚するって決めてるんです!シェッド君じゃないと駄目なんです~」
涙ながらにシェッドに抱きつく。
「ちょっ、鼻水つけないでよ!!」
「あ~あ、熱い熱い」
「姉さんもからかわないでよ!」
「キャリー」
愛しい人の声がする。
「あら、クライト。まさにキングの格好ね」
からかうように言うキャリーだが、目は熱く見つめていた。
「お前こそまさに旧王制の姫だな」
こちらも熱い視線を送る。
「キャリー」
「クライト…」
二人は視線を交わしながら抱き合い―
「待ってくださいー!!」
熱々の二人を中断する無謀なものが現れた。
「いまここでキスするとですね、メイク直しに時間がかかるんです。
最悪の場合挙式が伸びるんですよ!?」
キャリーとクライトは素早く距離を置いた。
効果ありだ。
「ふぅん?やるね、レア」
「キャリーさんのメイクは全力でしましたから」
えへんと胸を反らす彼女をシェッドは愛しそうに見つめた。
「あのー、式は始まってますよ?」
ダイヤのナイトが気まずそうに言った。
「「早く言えー!!」」「早く言いなさいよ!」「早く言ってください!!」
三人に凄まれ、半泣きのダイヤのナイト。
みなさんが無視したんじゃないですか~
挙式は予定通りに進む。
例外は異様に熱い誓いのキスといったところか。
式が終わったころには盗賊王シーザーとまで言われた人が男泣きしていた。
そして乙女の注目、ブーケトス。
クライトとキャリーの幸せそうな姿に女性はみな意気込む。
絶対取る!!
その中にレアもいた。
投げられたユリをメインに作られたブーケ。
みなが手を伸ばす。
レアもつま先だ立ちながら手を伸ばす。
シェッド君と結婚ー!!
その想いもむなしく手の先でひょいと取られてしまった。
落胆を隠せずどんよりしていると、ブーケが差し出された。
「シェッド君?」
「君に任せてたら他の人に取られちゃうだろ。だからだよ」
しかし、なかなか受け取らないレアに痺れを切らす。
「僕と結婚したいんだろ。違うなら他の人にあげるけど」
「嫌です!欲しいです!!」
慌てて奪い取る。
「取ってくれて嬉しかったんですよ」
うれし涙に目が潤んでいた。
思わず周囲が感動していたころ、キャリーが壇に上がる。
何事かとざわめきが走る。
「言っておきたいことがあるのよ。だからみんな聞いてちょうだい」
真剣な声に全ての者が息を潜める。
「私はキャリー・ファナーレ・天照。旧王制の姫でした。
だから、王制復活を予想する人は多いと思うのよ。そんな人に聞いて欲しい。
私はこの国が好き。ガンマンになって、好き勝手やって、友達が増えた。
この国でいて欲しい。
だからこそ、父が告げれなかった言葉を言います。
王制は本当に滅びたわ。
でも、この国のものなら仁と礼を忘れないでほしいの。
それが人の真髄だと思うから。
ここからが本当のガンマンの国よ」
血が沸き踊る。
キャリーという人柄に惹きこまれる。
「これが俺の女だ」
にっとクライトは笑ってキャリーの隣に立った。
ジョーカー、なんでもありのカード。
最強で、どのカードの変わりも勤める。
この位はキャリー・ファナーレが始まりとされる。
彼女の告げた終わりは始まりでもあったのだ。