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―殺すぞ
お前があいつを殺したなら
俺がここにいるんだ
他には何も望まないよな?―
脳裏に浮かんだ声に、戦慄が再び走る。
どす黒い狂気、私にはない執着。
でもこの引きがねを引いたら、いつか私を見てくれる。
だからお願いです。
私を見てください。
そして、死んでくれませんか?
だんだん息が上がる。
防戦に専念するキャリー。
威嚇に撃っても相殺、あるいはかわされる。
命中率も、スピードもすべてが敵わない。
強い!
しかし、今ここで引いてはならない。
城の警戒が強くなってしまう。
カチッ
無機質な音が額から聞こえた。
「さようなら」
「っ!」
足に力を込め、下から蹴り飛ばす。
回転して転がる銃。
カトレアは地を這うように転がりつつ、取り戻した銃を構え、
キャリーは後ろに下がり、距離をおいて構える。
「あなた分かっているんでしょう?
敵わないって。
お願いだから、帰ってよ!!」
カトレアのなかで見てもらうことよりも、
クライトに嫌われる恐怖のほうが勝った瞬間だった。
彼女にとって、死よりも恐ろしいのは愛するものに嫌われることだから。
一方、キャリーは冷静に見ていた。
顔を歪めて、半泣きになっているカトレア。
いつの間にか懇願になっている。
圧倒的優位に立っているというのに。
揺れ動くだけの何かがあったのだろう。
「やっとクライトと結婚できるの。
何年待ったことか。邪魔しないで」
緊迫する空気。
場の空気を崩す侵入者が現れる。
おばさんだ。
「まだここにいたのね、キャリー。
引き上げるわよ」
「ゲツイ様!?」
カトレアはおばさんのことをゲツイと呼んだ。
知り合いのようだ。
「ねぇ、どういうこと?」
「計画に穴ありってところよ。
セントが囲まれてねぇ。鍛えなおさなきゃいけないのかしら。
あの子なら脱出できるだろうから、日を改めましょう。
カトレア、いいわね?」
有無を言わさぬもの言いにカトレアは頷くしか出来ない。
「さ、行くわよ」
おばさんことゲツイが指したのは窓。
「また窓!?」
「城の警戒が強くなってるから仕方ないわよ。
怖気おじけづいた?」
「まっさか。
飽きたなって思ったのよ」
キャリーは銃を下げる。
カトレアはキャリーを凝視し、銃の安全装置をつける。
一人の男を想う女達は互いに見つめあい、背を向けた。
次で決まると確信を抱いて。
「はいは~い、今回の反省会を開きましょう」
キャリーはしぶしぶ、セントは相変わらず元気である。
「まず、私の反省から」
言いだしっぺのゲツイが話しだす。
「計画が甘かったと思うのよ。
私だけなら達成出来たでしょうね。
でも、キャリーが達成することに意味があるの。
仲間の人数をもう少し増やすべきね」
椅子にもたれる。
つづいてセントが話しだす。
「僕の反省はー、派手に暴れすぎてたことかな?
囲まれちゃったんだよねぇ。もっと強くならないと」
「それは母さんが協力してあげましょう」
「やだよ。母さんの特訓って剣術ばっかりじゃないか」
「銃は非力な人でも持てるから一般的だけど、
私はまだ必要だと思うの。だから教えてるのよ」
セントの頬をつまんでひっぱる。
「いたたたた、母さんやめてよ!」
「セントが甘く考えているからおしおきしたのよ。
で、キャリーは?」
「私は、何も出来なかった。
まったく何しに行ったのか…、カトレアさんに勝負ふっかけただけ」
「カトレアに会ったんだ?元気にしてた?
こんなに会わないのは久しぶりかも」
カトレアのことを思うように空に目を向けた。
そして何故か嘲笑するように笑って、視線を戻す。
その時にはいつもの明るい笑顔になっていた。
「元気すぎて負けてたわ。
でも、勝たなくちゃいけない…」
決意を固めるようにキャリーは呟く。
「カトレアは強いよ」
「セントよりも?」
「そりゃあクイーンなんだから。
ナイトを破ることの出来ない場合は空席にする予定だったんだ」
意外、とでも言うようにキャリーが目を開く。
そして隣でゲツイが冷たい目で見ていた。
「さて、仲間を増やしましょう?」
冷たさはすぐに消えた。
それぞれに分かれて探すことになった。
と言ってもキャリーには見当がつかない。
「姉さん、道路の真ん中に立たれると人の邪魔だよ」
懐かしい声がした。
「シェッド!?手術は?」
「終わった。姉さんの方は…」
キャリーの曇った顔を見て事情を飲み込んだ。
「姉さんは本気でクライトという人物を助けたいの?
望んでいない場合は?
結婚するんじゃないの?」
「助けたいの。
望んでいなくても、決めた事は貫き通すのが私だわ。
玉砕するまでは結婚させない」
シェッドはキャリーの目を覗きこむ。
強い光が目に宿っていた。
ふぅ
降参だとでも言うように両手を上げた。
「僕の負けだ。ごめん、姉さん。
僕はこうなるのが分かってて、わざとあの作戦を立てた。
諦めてくれるといいと思ったから」
思わずかっとして、手を振り上げる。
シェッドの病的に白い肌に触れようとした時、
彼は顔を上げた。
切羽詰った瞳と目が合う。
「だってそうだろう!?
“クライト”はキングじゃないか!!
諦めたほうがいいんだよ、名前も言えないのに。
いや、言っちゃ駄目なんだ。名を封じるしかないんだよ」
実際名を封じるつもりだった。
でもあいつの為に、たとえこの先なにがあろうとも教えたいと思った。
後悔はしたくないから。
「名前を伝えたい人が出来たのよ、シェッド」
大きく頷く弟。
そしてわざとらしく咳をする。
「そこで提案があるんだけど、僕も仲間に入れてよ。
今度こそ成功させてみせるから」
キャリーは銃でシェッドの頭を殴った。
「これでチャラ、差し引きなしよ。
よろしく頼むわよ、我が弟よ」
「期待に応えてみせるよ、姉さん」
待ち合わせの時刻に酒場に集まってきた人は意外と多かった。
その中でも驚いたのが、
「おやっさん!?」
おやっさんがいたこと。
「よう、キャリー」
「どうしてここに!?」
「ハートのナイトに誘われたんだ」
ハートのナイト?
「もうゲツイって呼んでいいのに」
「クセになってるからなぁ」
直す気のないおやっさん。
「私は元ハートのナイトだったから、
そのツテを使って仲間を増やそうと思うの」
「俺も手伝うからな、キャリー。
うちの嫁さんにも聞いてみるさ」
「ありがと」
「僕の方は革命中に協力してくれた人達集めたよ~。
中には国営ガンマンもいるんだ。凄いでしょ」
褒めて褒めてと言わんばかりのセント。
「うわあ、ほんとに沢山…」
酒を飲んでいるだけの人かと思っていたが、
セントが集めてきた仲間だった。
キャリーも報告する。
「私は弟を連れてきたわ」
シェッドが一礼する。
旧王国の習慣が弟も抜けていないのだ。
突然、光るものが弟の首筋で光る。
ゲツイの大振りの剣が冷たい光を宿し、
間違いなくシェッドに突きつけられいる。
「おばさん、何を…」
おばさんは横目で私を見ただけで黙らせる。
「本当のことを言いなさい。
あなたの父親は月鬼とまで呼ばれた盗賊王シーザー?」
ざわっと人々が話し出す。話題の主、シーザーについて。
彼は全ての盗賊を従え、旧王国時には名をとどろかせたことがあるのだ。
『月の夜は出歩くな。シーザーに攫われるぞ』
こんな話があったぐらいだ。
彼が月鬼と呼ばれる所以は月夜に輝く白銀の髪から来ている。
弟と同じ髪の色。
「それで?僕の父さんが盗賊だったのが悪い訳?」
「あー、違う違う」
気を悪くしたならごめん、と謝るおばさん。
剣は元の鞘に仕舞われている。
「あんたの父さんを改心させたのは私だから、心配だったのよ。
驚かせてごめんなさいね」
「へえ、人生を変えた女ってあんただったんだ?」
二倍も年上の大人に向かってタメ口・あんた呼ばわりである。
「人の感に障る話し方はお父さんそっくりね」
眉を寄せて微笑む。
考えるように間をおくシェッド。
しばらくして、納得がいったらしく顔を上げる。
「どうして今ここでその話をするのかさっぱり分からなかったよ。
ようするにあんたは父さんのツテを仲間に入れたいワケだ」
「話が早くて助かるわ」
臆さずに答える。
「残念だね、父さんは足を洗ったよ」
肩をすくめて応えるシェッド。
「娘の一大事よ。何が何でも協力してもらう」
ゲツイの言葉に目覚めたシェッド。
ブツブツ独り言を言っている。
あれは計算モードだ。
話しかけると死んだほうがマシという目に合うので黙っておく。
外が騒がしくなった。
窓から見ると、紙が飛びかっている。
何の紙だろうと思い、手に取る。
しかし、手に取って数秒でくしゃりとなった紙に周りが呆然とする。
よく見ると、キャリーの顔色も悪い。
紙にはこう書かれていた。
号外!キングとクイーンの結婚式七日後に迫る
「ふざけんじゃないわよ…」
力の抜けた声が、響く。
「ねぇ、クライト。私達やっと結婚できるのよ」
弾んだ声でカトレアは話す。
クイーンになるということは婚約を意味するのだ。
だからどんな女が寄ってきてもカトレアは安心していられた。
しかし、予想外のことが起こった。
クライトの脱走、キャリーの存在
動くはずのない心が動き出したのだ。
もう、余裕なんてない。
彼の心が欲しい
カトレアはクライトの首に手を回す。
近距離で見つめる。
私の気持ちが伝わればいいのに
眠れない夜はあなたのせい
幸せを感じるのはあなたといるとき
あなたは知らない
誘うようにゆっくりと目を閉じる。
冷たく見るクライト。
そのまま動かない。
「以前の俺ならお前にキスできただろう。
どんなに心がなくとも、俺はキングだから。
今は違う」
カトレアの腕をはずす。
「キングだからクイーンを愛さなければならないのは知っている。
けれど、もう愛すことは出来ない」
「残酷な人ね」
その言葉でさえも強い瞳で受け止めるクライト。
そんなあなたも好きなのに
「でももう遅いわ。
式は七日後なんだから!
あなたは私を愛することになるのよ」
どうか愛して―
「お前は俺にとって仲間だ。
おそらく一生変わらないだろうな。
家族としてお前を愛すことになるだろう。
お前の望まぬ愛だな」
カトレアは顔を歪めて笑った。
「分かってたわよ」