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依頼品を届けたら、すでに日が暮れていたため、泊めさせてくれた。
「送るわよ?」
「いいって、一人で十分」
お見送りにはおばさんが来てくれた。
「そういえばどうして宝石を盗んだの?」
「それは乙女の秘密ということで」
「乙女っていう歳?」
「失礼ね!私は永遠の16歳よ!」
「寒っ!」
どうやら話してくれないようだ。
キャリーはもと来た道を歩きはじめた。
「また会いましょう!」
思わず振り返る。
「“さようなら”よりも“またね”の方が好きなのよ」
そう言って笑ってみせる彼女に好感が持てた。
また会える可能性を信じて、
「またね」
笑って別れを告げた。
帰りは何事もなく帰れた。
心の準備も出来ず、街に着く。
足はギルドに向かっていた。
「おお、ファイブのキャリーじゃねぇか。おかえり」
「たっだいまー!依頼主から連絡来てる~?」
「宿取っているから来てくれだとよ」
「りょーかい」
ギルドに着いて肩の力が抜けたが、また気を引き締める。
お金が命の彼女にとっては、金を受け取るまでが仕事だからだ。
依頼主のいる宿に着く。
そこらへんの宿よりもランクが上なので緊張する。
部屋の前で深呼吸をし、ノックをする。
「どうぞ」
中から聞こえてきた声は女性の声だった。
あの少年の声ではない。
警戒するようにゆっくりとドアを開ける。
「こんにちは、ファイブのキャリーさん」
華やかな女性が出迎えてくれた。
部屋にいたのは四人。
私を迎えてくれた同い年の女性と男性三人。
男性三人のなかにあの少年がいて、ぺこりと頭を下げてくれた。
「依頼主はどなたでしょうか?」
探すようにじっと見ていく。
「これを見せれば分かるかしら」
女性の取り出した物、それはガンマンのエンブレムであった。
裏返すと王冠を被った女性の彫刻が彫られている。
一人しか所有の許されていないエンブレム。
これを持つのは、クイーンしか考えられない。
「え、あ、あの!クイーンがどうして私に依頼を?」
依頼などしなくてもやっていけるだけの力を持っている。
私よりも格別に強いのだから。
「この依頼は試験だったの。
あなたは見事合格したわ。おめでとう」
にっこりと笑って手を握られてもさっぱり分からない。
「クイーン、それじゃあキャリーさんはさっぱり分からないよ」
そこで初めて男の一人が口を開く。
目が合うとにこりと笑いかけてくれた。
「じゃあ後はあんたに任せるわ」
「どーも」
黒い髪と黒い瞳をもった男性がソファーから立ち上がってキャリーに向かい合った。
「君は昇進試験をさっぱり受けていないよね?」
「はい。お金がなくて受けていません…」
「恥じる事はないよ。君の行いはすでにファイブの域を超えているんだから。
今日をもって、君はセブンに任命!」
キャリーの目がこれ以上大きくならないというところまで見開かれる。
ソファーに座ったクイーンが足を組み変えて付け加えた。
「キングが代替わりしてから実力制になったの。
力ある者はお金がなくても昇進できる。
いい制度よね」
大げさに頷く男。
「うんうん、我ながらそう思うよ。
試験に母さんとおばさんが協力してくれて良かった」
「キングですか!?」
「そうだよー」
軽い返事に疑うような視線を向ける。
「目は口ほどにものを言うとはこのことだね~」
内ポケットからエンブレムを取り出す。
裏には王冠をかぶった男性の彫刻。
本当にキングである。
「疑われるあんたが悪い。
ダイヤのナイト、証書をあいつに」
「は、はいっ!」
直立してキングに渡す。
キングの空気が変わる。
圧倒的な空気。
「キャリー・ファナーレをセブンの力量に値するものとして、
ファイブからセブンに任命する。
これからもガンマンであることに誇りを持ち、
国を善きものとする力となって欲しい」
キングが証書を読み上げて渡す。
彼なら従おうと思えた。
「はい!」
「セブンになったら仕事も増えるから良かったね」
しかも親身になってくれている。
「ありがとうございます」
嬉しさに、しっかりと一礼する。
「昔の礼儀なのに、まだ覚えているんだ…」
「あ、旧王制の礼ですみません」
キングはゆっくりと首をふる。
「関心したんだ。昔のことを大切にする人だなって。
今もその礼をする人は老人ばかりだろうね。
多くは死んでしまったから」
キングは下を向いてしまった。
目を伏せるキャリー。
キャリーの様子を見てキングは慌てた。
「ごめんごめん。めでたい日なのに湿っぽくなっちゃったね。
これからも頑張って」
「いえ、気にしないで下さい。これからも精進します」
「努力は裏切らない。
女の子が着るものも厭いとわず頑張っているんだから、僕も頑張らないと」
キャリーの服は着古されていた。
彼女の苦労が現れている。
話が終わったのでクイーンが立ち上がる。
「ギルドに登録更新を伝えなきゃね。
行くわよ!」
「やっほー、おやっさん」
「キャリー?今度は何だ?」
キャリーは誇らしげに証書を見せる。
「偽物か。良く出来ているが、人を騙しちゃいかんぞ」
あごに手をあて、鑑定するような眼差しで証書を見る。
「ほ~んものだってば!」
信じてくれないのが歯痒はがゆい。
「気持ちは分かるが嘘は駄目だ」
埒の明かない会話にクイーンが割って入る。
「わたくしたち、こういう者ですわ」
クイーンが率先してエンブレムを見せる。
「キング、クイーン、ナイト…!
何用でしょうか?」
おやっさんは姿勢を正した。
「キャリー・ファナーレの登録更新をするために来ましたの。
詳しくはその証書をご覧下さいね」
先ほど、紙切れのように扱っていたものが本物と証明された。
「すげぇじゃねぇか!さっそく登録し直しておくからな。
しっかし、もうファイブのキャリーじゃなくなったんだな」
「おやっさんったら。
そうねぇ、そろそろキャリーって呼んでよ」
「頑張ったな、キャリー」
おやっさんはふっと笑って、不器用にキャリーの頭をなでた。
「髪がくしゃくしゃよ」
照れくさそうに笑うキャリーがいた。
「そういえば相方があっちで酒飲んでるぞ」
「相方じゃないわよ!」
けれど助けられたのも事実だ。
「やっぱり行ってくる」
そんなキャリーをおやっさんは笑って見守っていた。
「帰ってきたわよ」
酒を飲むクライトの前に立つ。
「無事だな」
「もちろん」
ガタッという物音がする。
そこにはクイーンが青い顔をして立っていた。
「クライト!?」
「カトレア…」
クライトも心なしか顔が青い。
クイーンは駆け出してクライトに抱きつく。
クライトはただ固まっていた。
「会いたかった…、クライト」
そして腰の銃を取り出しクライトの頭の後ろにあてる。
「帰るわよキング」
その言葉はクライトに向けられていた。
クライトは未だに動く気配がない。
「もう“ごっこ遊び”は終わりだよ。
ごめん」
キング?がクライトにすまなそうに言った。
「カトレア、セント」
クライトの口が彼女らを呼んだ。
「俺はクライトとして、ここにいたい」
「あなた分かってないの?あいつじゃもう限界なの。
これは最終宣告よ」
クライトは諦めるように目を閉じた。
「分かった」
「話が分かって助かるわ」
クイーンが銃を下ろす。
なに、これ。
急にガンマン統括部が現れて、
クライトをキングって呼んで、
一体なにが起こっているの?
クライトが私の前に立つ。
「限られた時間で、お前を好きになれて良かった。
後悔はしていない。分かっていたからな。
この日が来ることも、好きになってもらえないことも。
ありがとう。そして
さようなら」
息が止まる。
思うように息が出来ない。
そしてクライト、いやキングはギルドから出て行った。
焦燥感がキャリーを襲う。
どうしてどうしてどうして!?
あのさようならは、二度と会わないということだ。
そんなさようならはいらない。
願うのは
『また会いましょう!』
おばさんと交わしたようなこの言葉。
その希望さえ消して去ってしまった。
「どうして行っちゃうのよ。
一生をかけて口説くなんて言ってたクセに…。
馬鹿よ。
好きになってもらえないなんて決めつけて…。
違う、馬鹿は
私だ―」
根底に眠っていた気持ちに、今頃気づくなんて遅すぎる。
彼はいつも近くにいて、見守ってくれていた。
それが当たり前になっていて、気付けなくて。
ゆっくりと流れていた涙はいつしか堰を切ったように流れはじめた。
初めて踏み込む恋の領域。
苦くて、悲しくて、甘い味などなかった。
けれど両手で抱え込んでしまう私は馬鹿なのだろうか?
「キャリーさん…」
元キングが眉を寄せて見ていた。
気持ちを切り替えるため涙を拭う。
「ねぇ、説明してくれる?」
少し目が潤ったままの瞳で問いかける。
首を縦にふる返事があった。
「君は知る権利があるよね。
さっきの宿で話そうか」
二人はソファーに座って向かい合う。
「まず、自己紹介をしようか。
元スペードのナイト、現ナインのセントといいます。
“黒影こくえいのガンマン”と呼ばれてました」
差し出された手を握れない。
やっぱりというように笑うセント。
「入れ替わってたんだ。
クライトと僕で」
顔を上げるキャリーに苦笑するセント。
「僕の秘密を話したぐらい本気だったんだね、クライトは。
けれど本当の事は話せなかった。
全てが終わるから」
この日が来るのを分かっていたと彼は言っていた。
「クライトは二代目のキングだ。
彼の父が築き上げたガンマン社会を安定へと持っていった。
僕は三代目のスペードのナイトとして隣で見ていた。
ぞくぞくしたよ。
だってまだ12歳の子どもが大の大人を従えていくんだ。
『この人になら従おう』そう思った人は数多くいる。
僕もそうだから」
キャリーを試すような眼差しで見る。
「君は僕が証書を読み上げた時、何かを感じなかった?」
キャリーは頷いてみせる。
確かにあの時、全ての者を従わせる空気があった。
「あれは彼であり僕である。
僕がキングの代役が出来る証拠なんだ。
小さい頃から一緒だったから少し似ちゃうんだ」
「そもそも、あなたってクライトに顔がそっくりね。
受ける印象が違うから気が付かなかったけど」
そこでセントは嬉しそうに笑った。
「僕の母さんと彼の母さんが双子で似ているんだと思うよ。
つまりクライトは僕の自慢の従兄弟」
どうりで、と改めてセントを見る。
あの人と同じ漆黒の髪と瞳。夜の色だ。
違うのは瞳に宿る光。
クライトの瞳には突き刺すような光が、
目の前の彼には昼の光が宿っている。
「本題に入るよ。彼が入れ替わりを求めた理由。
クライトは外に興味があったから、見てみたいと思ったらしいよ。
彼は城しか知らないからね。
幼い頃から父の手伝いをしていた」
目が伏せられる。
「クライトはいいものを外で見たんだろうね。
笑っていたから。
二度と外には出れないと知っていても」
「どうして二度となんて断定できるの?」
「キングだからだよ。
キングは僕達ガンマンの中心だ。
彼がいないと社会は機能しない」
セントは一呼吸おいた。
「君に依頼がある。クライトの救出を頼みたいんだ」
「偶然ね。私もそのつもりでいたの。
お金はずんでくれる?」