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「えぇっと、この箱を崖の屋敷の婦人に運べばいいのね?」

 細身の少年が頷く。

「ですが、その道のりには難関がありますのでお気おつけください」

「詳しいのね」


「初めはこちらの方で運ぼうとしたのです。

 ですが崖崩れに、盗賊に、橋が切られたことから専門の方に任せようと決めました」

「うっわ~」

 呪われているんじゃないかという程の運の悪さ。


「箱の中には宝石が入っていますので大切にして下さいね」

「気をつけま~す」

「そうして下さい」

 幸薄そうな従者は笑って見せた。


「地図で見るとここか。大分離れているから今から出発しないとな」

 クライトが椅子から立ち上がる。


「待ってください!!」

 大人しいと思えた従者が声を張り上げたので、

 部屋の者はきょとんとしていた。


「これはキャリーさんへの依頼なんです。

 だからキャリーさん一人でお願いします。

 これをきっかけに贔屓にするかもしれませんし」


「贔屓!?」


 上級ガンマンになると、贔屓してくれるお客が出てくる。

 収入も色をつけてくれるし、

 お客が選んでくれるため仕事の独占が可能だ。

 ぜひとも贔屓の客が欲しい。


「クライト、もちろん私一人で仕事するわよねぇ?」

 ニタッと笑う彼女は金に目がくらんでいた。


「分かった。ただ、怪我して帰ってくるなよ。

 待ってるから」


 それをうんうんと頷いて見ている従者。

「では支払いは後払いで。期待してますよ、キャリーさん」

「まっかせて!」

 クライトはただ見守っていた。





 旅に出る前、もらった地図に早速難関を書き込んでいく。

 知った事は何でも書きこむのが基本だからだ。

 ちなみにキャリーの地図は

 お金、御飯、知り合いで埋め尽くされている。

 裏道ばかり書き込まれているクライトの地図とは随分違う。


「おそらく、何もなければ一週間の距離ね。」

「この裏道、役に立つかも知れないから書き写せ」

「はいはい」


 書き込もうと持ち上げた手をクライトが掴む。

 自信に満ちた眉は下がりきっていた。

 目に悲しそうな光が灯る。


「行かせたくないな。俺のそばにいて欲しい」

「私がとどまらない女だと知って?」

「ああ。

 驚いたな、こんな独占欲があったなんんて。

 お前はきっと知らない感情だろう。

 ………胸が焼けそうだ」


 私が知りもしない感情で苦しんでいる。


「何故?

 胸が焼けそうなら捨てたらいいじゃない。

 苦しいんでしょ?」


「出来るはず無いんだ。

 この胸の痛みはお前を想う痛みだから、愛おしい」


「やめてよ!

 返せないの、好きになんてならないの。

 私は誰にも本当の名前を伝えずに死ぬのよ!」


 誰にも名を伝えずに死ぬ。

 寂しいことである。

 しかし、キャリーの強い瞳がそうは思わせなかった。


「お前がそう言うなら俺は一生をかけて口説くさ」

 キャリーは瞳を陰らせた。


「私、もう行くわ」

 荷物を背負う。

「無事で帰ってこい!」

 小さくなった背に声をかける。

 キャリーは振り返らなかった。





 街を出てすぐに、膝をつく者がいた。

 まばゆい金の髪、キャリーだ。

 手で顔を覆っている。

 細い肩が震え、頼りなく見える。

 いつもの勝気な彼女ではない。


 乾ききった大地に恵みの雨が落ちる。

 ぽつ、ぽつ。


 次第に落ちる間隔が早くなっていってどしゃぶりとなる。



 想われるのがつらいなんて、贅沢な悩みだ。

 どんなに想ったって愛されない人はいるのに。

 本当は返したい。

 大切にされているだけじゃ嫌だから。

 この名前さえなければ…。



 キャリーは名前を強く教えたいと願う相手がいなかった。

 恋という未知の領域へ踏み出したことがないのだ。

 だからキャリーは知らない。

 胸を焦がすような恋を。

 苦しくても大事に、愛おしくさえ想える恋を。

 恋をする喜びも。



 故郷でもそうだった。

 キャリーは恋なんて興味がなかったし、お金稼ぎに夢中だった。

 だから村娘が集まるようなところでは話ができなかった。

「パン屋のフレイ、優しくて格好良いわ!」

「駄目駄目。男は強くなくっちゃ!武器屋のディンよ!」

「何の話?」


 キャリーが好奇心から聞こうとすると


「駄目駄目!キャリーはお子様なんだから」


 と言われてしまうのだ。


 しかし、恋の話をする村娘の顔はどれもが輝いていたのを覚えている。


 恋をしたい。

 本当の名前を言うのを躊躇ためらわないほどの恋を。

 彼のように胸を痛めるのだろう。

 それでもいいから、

 恋をしたい。


 キャリーは未知の領域をじっと見つめた。


 その領域にクライトはいないのだろう。





 場面は変わって、ガンマン統括部御一行


「馬鹿キング!」

 砂漠に銃声が響く。


「おいおい、人に発砲するなって言っているだろ」

 体を反らしたままで口を開く。


「いいのよ、あんたなんだから」

 赤い紅のついた唇で銃口に息を吹きかける。


「仲良くして下さいよ~」

 気の小さそうな体の大きい男が縮こまっていた。


「そもそもキングが道を間違えるのがいけないのよ!

 ダイヤのナイトが地図を見るって言ってたのに!」


 怒り狂うクイーンとは逆に落ち着き払うキング。


「まあ、落ち着け。誰にでも失敗はある」

「あんたが失敗したんでしょ!!

 どこの世界に地図の上下間違える奴がいるのよ!

 おかげで目的地と正反対にいるじゃない!」


「えへv」

 体をくねっと動かして可愛く笑ってみせるキング。


「ホルダーには丁度弾が5こあるわ。

 両手・両足・頭ね」


 銃を構えるクイーン。


「わー!!ごめんなさ~い!!」

「ごめんで済んだらガンマンはいないのよ!」


 砂漠に立て続けに響く銃声。

 それをすべてかわすのはキングたる所以だろうか。


「かわさないでよ!」


「無理だってば!」



 早朝、再び旅立つ準備をする。


「キャリー、まだかしら?」

「今終わったわ」


 30後半の女性が荷物を背負って待っていた。


「本当は私一人で行かなきゃならないのよ」

「それは知っているわよ。

 でもこんないい歳したおばさんを放っておくの?」

「それは私の人道に反するわ」

「じゃあつべこべ言わないこと!」


 そうは言ったものの、このおばさんは強い。

 隙のない動きをしているのだ。

 左の腰には女性用に調整された大剣がある。

 おそらく王制とガンマン社会で戸惑った動乱期を生き抜いた剣士。


「は~あ、早く屋敷に帰って一息つきたいわ~。

 ダンナが待ってるの」

 このおばさんは私の用のある屋敷の泊り込み家政婦だそうだ。


「家政婦で剣士って最強ね」

「あら、気にしてたの?」

「そんなに大きな大剣ぶらさげてちゃね」

 指で大剣を指す。


「ん~、でもこの子が一番のお気に入りなのよ。

 屋敷が城下町にあったころからの付き合いなの。

 目立つわよねぇ。でも息子がこれをぶらさげてたらおっかなすぎて誰も襲わないって言うし。

 城下町にあったころは護衛をしてたのよ」


 確かにおっかない。

 見た目可憐なおば様が細い腕に似合わず

 大剣を所持しているのだから。

 昨日あの剣を持ってみたが両手で持っても重すぎた。

 最近の子はだらしないとか言ってたがそれ以前の問題だ。

 見かけによらず大変な握力の持ち主だ。





 そうこうしている間に最初の難関に入ったようだ。

 山賊があふれ出てくる。

 すかさずおばさんを確認するとすでに剣を構えていた。

 安心しなさいとでも言うように不敵に笑う。

 おかげで専念できそうだ。


 山賊達はキャリーとおばさんを引き離すように取り囲んでいる。

 リーダーは知能犯である。たやすく抜け出せない。

 ガンマンは一対一が基本的に向いているからだ。

 一対多数の場合は圧倒的強さが必要になる。

 そう、場の空気さえも変えてしまうクライトのような強さが―


 しかし、キャリーの目は諦めていなかった。

 銃を構え、撃つ。



 銃声の一つ一つの間隔が短い。

 これはキャリーが早撃ちに優れていることを示す。

 ただ、走りながら撃つと命中率が下がるという弱点があるのだが、

 気づかせないほどの強さだった。

 キャリーを取り囲む山賊らは全て倒れているのだから。


「女だからってみくびってたでしょ」

 キャリーは伏している山賊を見下して言う。


「女は人類の祖だから強いのよ」

 声がした方を見ると、いつの間にかおばさんが隣にいた。

 後ろには山賊の山。余裕だったようだ。

 キャリーたちは再び進み始めた。





「あと考えられる難関は崖崩れ、橋を切られている、ね」

 あたりに目をめぐらすキャリー。

「崖崩れに当たるか当たらないか運試しをしている人が結構いるの。

 私達はどっちかしら?」

 くすりと妖艶に笑うおばさん。


「どうやら、運がついてないそうよ」

 キャリーが少し顔色を悪くして見ている先には

 見事崖崩れが起こっていた。





「キャリー、いつまで走ればいいの!?」

「もう少し待って!」

「体力がもたないわ!」


 このようにおばさんが言うのも仕方ないことであった。

 かれこれ数十分走っているのだから。

 しかし、キャリーは唐突に口の端を上げた。

「これを待ってたのよ」


 おばさんに先を見るよう促うながす。

 彼女ははっとしたように目を見開き、頷く。

 キャリーはにっと笑ってカウントダウンし始めた。

「3、2、1、それ!」


 次の瞬間キャリーとおばさんは左右に別れた。

 そして彼女らのいない道を大きな岩などが通っていった。


 深く一息をつくキャリー。

「見直したわ。この橋が切れているのも計算にいれてたのね?」

「依頼人がいってたハプニングにあったからよ」

 鞄を下ろし、ごぞごぞと荷物をあさり始める。

「何してるの?」

「秘密道具を探してるのよ。…あった」


 釣り鐘付きロープだ。

 ただ問題は一人用だということ。


「どうするのよ」



 おばさんに先に行ってもらって、屋敷の人を呼んでもらう?

 でもまだおばさんは信用出来ない。

 私が先に行く場合、これが一番現実的だわ。

 でも屋敷までの距離がどれくらいか分からない。

 その間おばさんは一人っきり。

 駄目ね。



 何かないかとキャリーは地図をきつく睨みつける。

 すると、とあることに気づく。

 出発前に書き込んだクライトの裏道、これが使えるのだ。


「クライト………」

 いつもさりげなく支えてくれるクライト。

 この裏道には彼の優しさがこもっているような気がした。

 涙腺が緩む。

「おばさん、他にも道があるみたい。行こ?」

「いいけどあんた、泣いてるわよ?」

「うれし涙」




 キャリーがクライトの指示どうり見つけたのは

 小さくてぼろっちい木製の橋。

 これは渡るのに勇気が要りそうだ。


「木の板が古すぎて足がいつ抜けるか分からないわね」

 不安に思ったキャリーは試しに踏み出す。

「なかなかしっかりしてるわ!」

 キャリーが嬉しそうに振り返る。

 おばさんも踏み出す。


「この揺れ具合が命懸けって感じでいいわね~」

 わざと揺らす。

「ぎゃっ!止めてよ!!」

「ほほほほほ、楽し~!」


 揺れながらバランスをとるように歩く。

 足元からバキッと嫌な音がした。


 数秒後おばさんの大笑いが山に響く。



「あ~、おもしろかった」

 目じりに涙まで浮かべている。

「笑いすぎ」

「あははは、だって本当におかしいんだもの。

 はまりすぎよ」


 あれから、やはり木が古かったため割れてしまった。

 そして肝を冷やしたところ、落ちなかった。

 木に足がはさまっていたからだ。

 ほっと一息ついたが、見る者にとってはおかしいようだ。

 例えるなら水面下の白鳥。

 足だけがぶら下がってバタバタしているため間抜けである。


 おばさんはキャリーを助ける前に笑いつくしてから助けた。

 持つべきものは旅の友だろうが、何故か浮かばれない。

 そもそも揺らしたのはおばさんである。

 複雑な気持ちを抱えつつ屋敷へと進む。




 日が暮れ、薄暗くなった頃。

 やっと大きい構えの屋敷が見つかる。

 門番がいたので話しかける。

 エンブレムを証として。



 通された所は客間のようだ。

 山なのに花が飾られているところからお客への気配りがなされている。


「遠い所お疲れ様」

 貴婦人がストールを肩にかけて出てきた。

 キャリーは立てって、そんなことはありませんと否定した。

「さて、依頼の品はどこかしら?」


 キャリーは鞄をあさる。

 再びあさる。

 またまたあさる。


「えぇ~っと、もしかしてなくしたのかしら?」

「そんなことは…。昨日までありました」

「でも、今はないのよね?」

「そういうことになりますが、おばさん」

 隣に座っていたおばさんに話しかける。


「おばさんとは一週間中一晩を共にした仲よね?」

「そうね。昨日合流したから」

「昨日までちゃ~んとあったのよ」

「そう」

「持ってるでしょ」

「持ってないわ、宝石なんて」


 沈黙が部屋を包む。


「分かった、出すわよ」

 降参というように手を上げ、宝石の入った箱を取り出す。

「こちらです」

「ふふふ、ありがとう。

 これは夫との婚約指輪なの。

 沢山思い出が詰まっているから大切で…。

 無事届けてくれて感謝してるわ」

 指輪を大切そうになでる貴婦人。


 それを見て、胸が熱くなる。


「任務完了!」

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