#4 幕上げ
「コードB07が入電します。遠隔型です」
『コードB89が応答。根が見つかるまで速やかに種を駆逐』
ルナの声音は、至って平坦で淡々としていた。それに答える、何処からか聞こえる男の声も。
放心状態に近い俺を放置し、ルナは元の体に戻り気絶したままの神林を廊下に横たえると隣の教室へ疾走していった。
そこに“いつものルナ”は、いなかった。というよりアレは、宮野川ルナだったのか?
それから、どのくらい経ったのだろうか。気付いたら、とても静かだった。
さっきまで隣の教室をはじめとする様々な場所から、打撃音やら何やらが聞こえて来た筈なのに。
「…あれ…」
ぼんやりと赤く染まった教室を見渡して、俺はこういった不思議な静けさを知っていると思った。
というか昨日遭遇したばかりだから、知っているんだ。そう、あの不思議な子だ。
ゆっくり立ち上がり、教壇の上に設置された時計を見る。血が飛び散っていたが、読めない程ではない。
『緊急連絡、緊急連絡。意識のある生徒は速やかに帰宅して下さい。尚、今回の事は他言無用です』
そんなアナウンスが入った。しかし、“意識のある生徒は”ってなんだ?
普通なら、“意識のある”なんて言葉は使わない筈だ。なのに、なんで。
「アナウンスが聞こえませんでしたか?帰りましょう、ね?」
後方のドアから声を掛けられた。声でわかる。背筋に嫌な汗が流れる。
覚悟を決めて振り返れば血に濡れたままで、“いつものように微笑む”宮野川ルナがいた。
不思議そうに小首を捻る姿も、微笑んでる顔だけで、可愛いと思える。いつもなら。
「…誰だ、お前」
そう、目の前にいるのは宮野川ルナじゃない。宮野川ルナは-、初めから居なかった。
問われて宮野川ルナだった彼女は、困った様に微笑み、
「貴方も嘘が通じない人間なんですね」
それだけ言うと溜息を吐いた。ああ、俺の知っていたそれなりの世界は、今、崩れた。
直感で解る。俺はもう、“いつもの世界”で生きれない。表の世界で、生きていけない。
「来て下さい。より詳しく説明しましょう」
俺は頷き、彼女の後について行った。
世界の、裏側を見たからじゃない。彼女の、哀しそうな瞳を見たから。
俺なら、何か力に、と勘違いをしたから。それだけ。ただ、それだけ。
後で知る、俺1人が頑張ったところで、ルナどころか自分すらも救えない事を。
知って嘆き、痛いくらいに感情をひた隠しにして、闘い続けなければならい事を。
表が如何に綺麗なモノだけを集めた世界だったのか、知らなければならない。