#3 入場
「…なんだったんだ…」
俺は家に帰るなり、日中あった出来事を頭の中で思い返していた。
まず、ルナと凛さんに出会った。それはまだ良い、ありふれた日常だ。けれど、
「あの子は何なんだろ…ずいぶん綺麗な子だったな」
いや、綺麗どころではないだろう。ああいうのを、美貌だと表現するんだろう。
黒く艶やかで美しい髪と瞳。計算されたかのように整った顔の造形と肌の色。でも、何よりも、
「…あの不思議な雰囲気と感覚は…」
俺が思考を巡らせられたのは此処までだった。後に覚えているのは、不思議な夢だけだった。
―散らばった長い髪が、水を吸う。重くなった頭を、無理には動かしたくない。
「オールグリーン。呼び掛けて」
明るい朱色の髪をした青年が、特殊な空間で横たわる少女に指示を伝える。
少女―ルナは素直に応じて意識を、ソウルルーツと呼ばれる卵型の装置に意識を飛ばす。
だがルナは、本物のソウルルーツを見た事が無い。今みているのは、ホログラムに過ぎない。
それでも意識を飛ばす事が必要で任務だから、やるだけだ。
「ん。もう良いぜ、ごくろーさん」
先程の青年―彩貴がたくさんの機械を弄りながら、ルナに上がって良い事を教える。
ルナは特殊な空間から解き放たれ、起き上がり、散らばった髪を簡単に纏める。
「今日は長めでしたね。何かありました?」
「大丈夫だ。心配する前に風呂行ってきな」
彩貴がルナにバスタオルを渡しながら言い聞かせ、風呂へと向かわせる。
それを確認すると、彩貴はホログラムのソウルルーツへと向き直り、言葉を投げかける。
「だから能力は無駄使いすんなって言ったのに」
『必要な処置だった』
「その所為でルナに負担がかかりましたが?」
『こういった場合の為の存在だ』
「…」
投げ掛けた言葉には、酷く冷酷な言葉が返ってきた。最早、何も言えず、という状態だ。
―諦めて、俺も戻ろう。
彩貴は溜息と共に、その部屋を出て行った。勿論、機械達をスリープモードにしてから。
一方で、ホログラムではない本物のソウルルーツから人が吐き出される様にして出てきた。
出てきた人は、倒れるように床へと転げると、既に起動していない機械達を見上げた。
「ごめんなさい」
心の底から申し訳ないと思っているような、酷く悲しい色を含ませた呟きを漏らした。
そうしてから立ち上り、幾つもの複雑なロックを解除すると、部屋から出て行った。
翌朝、俺は、ぼんやりとした心持で学校に来た。当然ながら、気分は良くない。
ズルリと机に突っ伏し、不思議な夢を振り返る。
「理人?」
ふっと影が出来て、のろのろと顔を上げる。そこには心配そうな天使…否、ルナがいた。
「あ…おはよう…」
「おはようございます。何やら元気がないようですね」
どうしました、と、問いながら、ルナは小首を傾げる。ああ、可愛いな…。
「ん~…なんか変な夢みてさ。俺なんだけど、俺じゃないみたいな…」
「理人なのに理人では無い…?」
自分で言っておいて妙な話だが、何言ってるのか、さっぱりわからん。
それでもルナは理解しようと話に耳を傾けてくれた。
俺がなんとか大筋を話すとルナは、何やら難しい顔をして考え込んでいた。
「なんだか…メッセージめいたものを感じますね…」
「メッセージ?」
そこで担任が入ってきたので、俺達はそれぞれの席に着いた。
ガッ ガツッ ガガッ
地面がひとりでに削れていく。その規模は、だんだんに拡がっていき何かの図形と化した。
「It's Show Time」
どこからともなく、愉快で堪らないという風な呟きと笑い声が聞こえた。
それは唐突だった。予知とか、そういったものは何も感じず、ただ突然に起きた。
「ウラァアアァアア゛ァア」
「っ神林!?」
「いやぁ!たすっ」
「きゃあああ!!」
いきなりクラスの一番人気である神林が暴れだした。その両腕を、鋭利な刃物に変えて。
それだけでもう、異常だ。恐怖のあまり、俺は茫然と暴れまくる神林を見つめた。
勿論ながらクラスはパニックで、隣の席だった鳴海は胸元あたりを赤く染め上げて動かない。
他にも神林の攻撃を受けた奴がいたのか、教室中が赤い。そして神林は、いま目の前だ。
蛇に睨まれた蛙、正しくそんな状況下で俺は逃げる事も悲鳴を上げる事もしなかった。
ただ茫然と、ああ殺されるんだと思った。でもそれは、違うらしかった。
神林の後ろに、ダークブラウンの長い髪が舞い上がった。続いて、鈍色の太い鎖。
太い鎖は的確に神林の身体を捕らえ、乱暴ながらも地面へと伏せさせた。
それら全てがスローに見えて、その聞き慣れた筈の声が、聞き慣れない音として俺の耳に届く頃
世界は塗り替えられた後だった。