もう二度と……
私は何もしていない。ローリーに、触れてもいない。叫び声をあげた彼女を見ると、床に倒れ込んでいた。
「どういうつもり!?」
理解出来ず、彼女に問いかけた時、ローリーの叫び声を聞いて、生徒達が駆け付けてきた。
「ミシェル様……? これは、いったい……」
「何があったのですか!?」
駆け付けて来た生徒達は、ローリーの姿を見て青ざめている。血を流しながら倒れているのだから、当然の反応かもしれない。
「ミシェル様に……突き飛ばされました……。私、怖くて……」
涙を流しながら、集まって来た生徒達に訴える。
また……か。
ローリーはまた、私を陥れるつもりだと気付いた時には、大勢の生徒達が集まっていた。
最初にガラスを割って、自分の手を傷付けたのはこの為だったんだ。冷静さを失っていて、興奮状態にあると思っていたのに、全ては作戦だったのだろう。私は何度、彼女にこんな目にあわされなければならないの?
いい加減、腹が立って来た。そんなに私を、悪役令嬢にしたいのか……
「そこまでして、ミシェル様を陥れたいの!?」
「何度も同じことをしておいて、傷を負ったら信じてもらえるとでも思っていたの!?」
他の人も、同じことを思っていたようだ。誰もローリーを信じなかった。こんな状況なのに、みんなが私を信じてくれた。ローリーを、信じる人がいないだけともいうけど……
「ちっ!」
思い通りにいかなかったからか、舌打ちをしてみんなを睨みつけた。
「お前ら、使えねー」
もう諦めたのか、みんなの前でも地を出した。
今日こそは、私も黙っているつもりはない。
「こんなことをしても、もうムダだと分かったでしょ? 悪いけど、全く同情なんてしない。(ヒロインという恵まれた人生を)台無しにしたのは、あなた自身なのだから」
みんなを睨みつけていたローリーの視線が、私に向けられた。
「あんたさえいなければ……」
憎悪に染まった目。彼女はきっと、私を恨み続けると思った。
彼女はゆっくり立ち上がり、どこからか隠し持っていたナイフを取り出し、まっすぐ私に向かって来た!!
刺されるッ!!
そう思った瞬間、ウィルソン様の顔が頭に浮かんだ。私は一度も、彼に好きだと伝えてない……彼に、会いたい……
「ミシェルッ!!!」
幻聴まで聞こえて……
違う! 本物の、ウィルソン様だ!!
ウィルソン様は、ローリーを取り押さえ、持っていたナイフを奪い取った!
「相田……先輩……」
ローリーの言葉で、ウィルソン様は瞬時に理解したようだ。
「違うよ。悪いけど、僕は兄貴じゃない」
本人の口から違うと言われ、ローリーはその場に崩れ落ちた。
絶望して放心状態になっている彼女を、騒ぎを聞いて駆け付けてきたジョナサン様が拘束した。
「助けて下さり、ありがとうございました」
ウィルソン様に、深々と頭を下げた。彼は、私の頭を優しく撫でた。その手は、震えている。
「必ず守ると、言ったはずだよ。もう二度と、君を失ったりはしない!」
私を失うかもしれないと思って、震えていたみたいだ。すごく怖かったけど、彼の手に触れられて、恐怖が消え去って行く。
「ずっと、私のことを守って来てくれていたのですね。ウィルソン様、私……」
「ミシェル!! ミシェルは無事か!? 」
気持ちを伝えようとした時、アーサー様が凄い勢いで現れた。いつも邪魔が入る……
「大丈夫です」
私の無事な姿を見て安心したのか、どさくさに紛れて抱きしめようとして来た……
「……おい! それを、許すと思ったのか?」
「いっつも邪魔しやがって!!」
ウィルソン様が間に入り、それは未遂で終わった。
「ミシェル様!? ご無事ですか!?」
ナンシー様まで心配してくれて、駆け付けてくれた。
「ナンシー様、ありがとうございます。無事です」
ナンシー様は私に抱きつき、わんわんと泣きじゃくっていた。
「ナンシー、ズルいぞ!!」
アーサー様は不服そうにしていたけど、ウィルソン様と同じように震えていた。二人に、前世と同じ思いをさせてしまうところだったのだと、反省した。ローリーは追い詰められていたのに、一人で話そうとしたことは間違っていた。
「ローリーは、これからどうなるのでしょう?」
ローリーには色々されて、殺されそうにもなったけれど、前世の知り合いだと思うと複雑な気持ちになった。私を排除しようとしていたのは、ウィルソン様が相田さんだと思っていたからだ。勘違いから、罪まで犯してしまった。
「誰も傷付けていないとはいえ、殺意を持って君に襲いかかったのだから、無事ではすまないだろう」
「そう……ですよね」
もう彼女は、ナンシー様に手を出すことは出来ない。それなら……
「アーサー様、少しよろしいでしょうか?」
アーサー様に、澤部さんのことを話した。ウィルソン様を相田さんだと思っていたこと、そして相田さんのことをずっと好きだったことを。
話を聞いたアーサー様は、ローリーに会いに行った。
騎士団がローリーを連行するために、学園に向かっている。
「ジョナサン、悪いが少し二人にしてくれないか?」
騎士団が来るまでは、ジョナサンが見張っていた。
「罪人と二人にしろとは、どういうつもりだ?」
怪訝そうな顔で、ジョナサンはアーサーを見る。
「頼む!!」
いつもおチャラけているアーサーが、真剣な顔で頭を下げた。そんなアーサーに、少しだけ時間をやることにしたジョナサンは、静かにドアから出て行く。
「……ありがとう」
「もうすぐ騎士団が到着する。時間はあまりないぞ」
そのまま、ジョナサンは部屋から出て行った。




