番外編 相田智哉(アーサー)視点
俺の名前は、相田智哉。俺には、双子の弟がいる。その弟とは、両親が離婚して離れ離れになった。両親が離婚したことは悲しかったが、正直、弟と離れられて清々していた。勉強もスポーツも俺の方が出来るのに、あいつばかり可愛がられていた。離れられて、清々していたのに、まさか同じ会社に就職するとは思わなかった。
会社では、あいつが弟であることを隠した。同じ顔だと言うのに、俺達が兄弟だと分かる者は誰もいなかった。弟は、何度か話しかけようとして来たが、俺は完全に無視をした。罪悪感なんかなかった。あいつは母親に引き取られて幸せに育った。親父は離婚した後、俺に暴力をふるうようになっていた。離婚の原因は、親父の浮気。親父は、離婚なんか望んでいなかったんだ。毎日酒を飲み、毎日暴力をふるう。そんな暮らしに耐えられなくなり、高校進学と共に家を出た。もちろん、学費なんか出してはくれない。毎日倒れそうな程バイトして、大学は奨学金で入った。この会社に就職する為に、俺はあんなに苦労して来たのに……あいつは、幸せな家でぬくぬくと育ち、何の苦労もせずに大学に行き、この会社に就職した。なぜ、こうも違う? 今更、こんなやつと関わりたくない。弟がこの会社に来なければ、こんなに卑屈になることはなかった。そんな時、彼女に出会った。
彼女の名前は、佐倉莉音。俺の醜い心が、彼女の笑顔で浄化されるような気がした。それほど、彼女の笑顔は眩しかった。
「そんなことをして、自分が嫌になりませんか?」
社内で虐められていた女子社員を放っておけなかったのか、虐めをしていた数人の女子社員にそう言った。まるで、自分に言われたような気がした。真っ直ぐな彼女に、俺は惹かれていった。
ある日、彼女と弟の琉哉が書類を拾いながら笑いあっていた。その時見た彼女の笑顔は、それまで見たこともないくらい眩しかった。そして俺は、気付いた。彼女が弟に恋をしたことに。
同じ顔なのに……彼女は、あいつの笑顔に惹かれていた。
恋した相手が、琉哉だと気付かなかった彼女は、琉哉を俺と勘違いしたらしく、俺のことを気にするようになった。それが、俺にとっては何よりも屈辱だった。苦労を知らないから、あいつはあんな風に笑えるんだ。俺は、あんな風に笑えない。
俺のことを、琉哉だと勘違いしている彼女は、俺に告白をして来た。彼女の目は、俺を見ているわけじゃない。そう考えるて、イライラした。そして、気付いたら思ってもいない酷い言葉を浴びせていた。
このことを、俺は生涯後悔した。
彼女は、あの後すぐにトラックに跳ねられて亡くなった。そして、彼女を助けようとした琉哉も、死んだ。
俺があんな酷いことを言わなければ、二人は生きていた。俺のせいで、二人は死んだんだ。
彼女が亡くなり、どれだけ彼女を愛していたかを知った。どんなに後悔したところで、彼女も琉哉も戻って来ることはない。
俺は45歳で病気になり、その一年後に死んだ。
***
病気で死んだはずの俺は、なぜか別世界に居た。
どうやら、この世界で17年間生きて来たようだ。この世界での名は、アーサー・オーフェン。アーサーとして生きて来た記憶はある。だが、まるで映画を見ていたような感覚で、自分の人生だとは思えない。時が経てば、自分の人生だと思えるようになるのだろうか。
アーサーの記憶を辿っていると、なぜか前世の俺と同じ顔をしているやつがいることを思い出した。そいつは、この国の王太子ウィルソン。ただ顔がそっくりなだけだとは、俺には思えなかった。もしかしたら、ウィルソンは琉哉……?
ウィルソンには、婚約者が居る。その婚約者は、入学式の日に、虐めにあっていた女子生徒を助けていたところを俺は見ていた。その時、正直惹かれた。だが、王太子の婚約者だと分かっていたから、そのまま通り過ぎた。今思えば、王太子の婚約者ミシェルは、彼女……佐倉莉音に似ていた。外見は全く違うが、雰囲気や笑顔、何より正義感が強いところがそっくりだ。ウィルソンは、ミシェルを愛しそうな目で見ていた。その目を思い出した俺は、ウィルソンが琉哉だと確信した。 そう思ったら、ウィルソンに会いたくなった。謝りたいと思ったんだ。琉哉は、何も悪くない。俺が勝手に嫉妬していただけだ。
気付いたら馬車に乗り込み、ウィルソンに会うために王城へと向かっていた。
ウィルソンに会うと、『琉哉』と呼んでいた。そう呼ぶつもりはなかったが、あまりにも似ていたから自然に口から出ていた。
そう呼ばれたウィルソンは、驚いた顔をした。琉哉の、生まれ変わりだというだけではなかった。ウィルソンには、琉哉の記憶があったのだ。
俺は琉哉に、ミシェルを奪うと宣戦布告をした。
ウィルソンが琉哉なら、彼女を諦めるつもりだった。だが俺の彼女への想いが、何もしないで諦めることを拒絶していた。
あの時、彼女を傷付け、彼女を永遠に失い、俺の心は壊れた。自業自得……そんなことは、分かっている。あの時、真実を話して告白しなかったことを、ずっと後悔していた。
彼女が手に入らないとしても、全力で彼女を愛する。二度目のチャンスを、無駄にしたくなかった。




