攻略対象アーサー
前世の記憶が戻ってから3日目の朝、着替えをすませて鏡を見る。今は、この姿が自分なのだと思える。
ゲームの展開では、今日はヒロインが三人目の攻略対象と出会う日だ。三人目の攻略対象者の名前は、アーサー・オーフェン。公爵令息。学園の二年生。オーフェン公爵家の長男で、バークリー公爵家と肩を並べるこの国の大貴族だ。
ゲームの中でも、ミシェルとして生きて来たこの世界でも、彼が苦手だった。良く言えば、誰にでも優しい。悪く言えば、チャラい。婚約者が居るのに、女の子を見るとすぐ口説くような軽い男性だ。しかも、容姿が美しいから、いつも女の子に囲まれている。赤い髪に藍色の瞳、鼻筋が通っていて薄い唇。この国で一番の美形だと、令嬢達が噂していた。
ウィルソン様以来の出会いイベント……ウィルソン様の時は、私が邪魔をしてしまったけど、今回は邪魔をしないようにしようと思う。理由は単純だ。ローリーがどんな行動に出るか気になるし、何より私がアーサー様と関わりたくないからだ。
朝食が終わると、ウィルソン様の迎えの馬車に乗り込み学園へと向かう。
「ウィルソン様は、お暇なのですか?」
今日も早めに迎えに来た彼に嫌味を言うと、
「それなら、もう少し早く迎えに来るよ」
と、言った。
それならの意味が、全く分からない。
「遠慮いたします。朝はゆっくりしたいので、もう少し遅く来ていただけませんか?」
「お茶を飲んで、二人でゆっくりすればいい。君に早く会いたくて、早く目覚めてしまうんだ。だから、早く来ることはあっても遅く来ることはない」
昨日は、早く邸に帰りたいと言ったら、すんなり受け入れてくれたのに……彼の考え方が、分からない。
「いつも通りで結構です」
結局、いつも通りになってしまった。これ以上話していたら、本当にいつもより早く迎えに来てしまう気がしたから諦めた。
それにしても、冷たくあしらっても笑顔を絶やさない彼は、いったいどういうつもりなのだろうか。
学園に着くと、またローリーがウィルソン様を待っていた。昨日、結構酷いことを言われていた気がするけど、メンタル強いな。
「ウィルソン様……昨日は、すみませんでした」
瞳をうるうるさせながら、謝るローリー。こんな風に出来たら、前世の私にも彼氏のひとりやふたり出来ていたかもしれないと思うほど可愛い。だけど、ウィルソン様には不評だったようで……
「悪いけど、僕の大切な人を陥れようとした君とは仲良く出来ない」
不機嫌な顔で、冷たく言い放つ。
普通だったら、こんな風に庇ってもらえたら嬉しい。でも、私は素直に受け取れない。やっぱり、裏があると思ってしまう。
「そんなつもりは、ありませんでした! ウィルソン様のそばに居るミシェル様が羨ましくて、見間違えてしまったのかもしれません……。勘違いをしてしまい、申し訳ありませんでした!」
苦しい言い訳。隣を見ると、ウィルソン様の顔が更に険しくなっている。この状況は、ゲームとは逆になっているみたいに思えた。本当だったら、私がウィルソン様にそんな顔をされていた。
「僕にも、ミシェルにも関わらないでくれ。僕は、ミシェルにしか興味がないんだ」
あんなにうるうるさせていた瞳が、一気に乾いたように見える。一切、ローリーを見ようとしないウィルソン様。本当に、ローリーと関わりたくないと思っているようだ。
「行こう、ミシェル」
私の手を掴み、校内へと歩き出す。
この時、気付いてしまった。彼の手が、少しだけ震えていることに……
彼には、裏なんてないのかもしれない。私を守る為に、言いたくないことを言ってくれたのだと思えた。もしかしたら、この人はとても優しい人なんじゃないだろうか。だとしたら、彼は本当に私を想ってくれていることになる。
でも私は、先輩にそっくりなウィルソン様を愛することが出来ない。どうしても、ウィルソン様が先輩に見えてしまう。あの時の記憶が、私の心に壁を作っていた。
彼は私を教室まで送り届けると、
「お昼に迎えに来る」
そう言って、自分の教室に戻って行った。
「はぁ……」
意図ぜず、ため息が漏れた。
裏があった方が、冷たくあしらうことに罪悪感なんか抱かなくてすんだ。純粋に想われたら、どう接していいのか分からない。
考え事をしながら、自分の席に着こうとすると、「「「きゃ~ッ!!」」」と、女生徒達の黄色い声が教室中に響き渡った。振り返ると、そこに立っていたのは、今日ヒロインと出会うはずのアーサー・オーフェン様だった。




