百年の遷移
同時刻(外的)の、ニズリス・ブールにて。
百と二年前、"其れ"が始まった瞬間を、私は今目の当たりにしている。
門の上に不可視の肉体を浮かべて、其れを見下ろす。
其れは、一本の矢から始まった。
防衛のニズリス・ブールに対する、アーネヴィトル側の一矢。
きりきりと引かれ、ぱしゅうっと放たれ、ひゅういっと音高く空を独り飛ぶ矢。
その場のすべての人々が、その行く先を臨む。
そのうちの一人だった、ゼァネール側の若き騎士。
何処へと飛ぶのか。そんなことを他人事のように考えていたのだろう。
その額の中心に矢が刺さったことに、まったく気付かなかった。
そのまま、何が起こったのかすら知らないまま、少年は倒れた。二度と起き上がりはしなかった。
これこそ、開戦の合図。
「かかれえええええええ!!!」
「塞げ!!守りきれ!!命に換えて!!」
「「「おおおおおおおおお!!!」」」
互いの頭の互いの言葉に続いて、同じ雄叫びの共鳴。
これからの敵対への、最後の協調。
ここから、戦争は始まった。
しかし、これを探しにきた訳じゃない。
これはあくまで、状況を知るための前置きだ。
世界を二年後、百年前の今日へと進める。
ブラックアウトした視界が、まるで銀河を行くかのように白い斑点を流していく。
何か、何かがここにある。
これほどの事態を引き起こすほど強い意志が、きっとこの日の、どこかに。
辿り着いた先のニズリス・ブールは、元々私たちがいた時代に似ていた。
地面からごっそり抉りとられた部分や、一面更地へと変えられた場所。
門は大破し、あるのは崩れた壁また壁。
そこを走り抜けて奥へと向かう、アーネヴィトルの兵士たち。
爆発音や剣の響きが、微かに奥の城区から聞こえてくる。
音のするほうへと歩きながら、その汚い景色を臨む。
広がる血糊、古めのと最近の死骸。
朽ちて行く元々骨だったはずの灰色の何か。
中身の消えた甲冑、散らかった剣。
その殆どが、アーネヴィトルのものだ。
戦局は、大きく傾いていた。まもなく決着の時である。
そんな地獄への道を歩き、辿り着いたは第二門。
最後の戦場となった場所。
ゼァネール側は一極に防衛。
其れを崩そうと、仲間の屍を踏み越えるアーネヴィトルの最後の兵士たち。おおよそ二百人ほどだろう。
必死に半分は矢を放ち、もう半分は簡単な魔法を撃つ。
対するゼァネール側も、矢を放ち魔法を撃つ。
その数はおよそ300人。
そして、壁の上からという場所にアドバンテージ。
目に見えて減っていく、アーネヴィトルの兵士共。
一人、また一人と、魔法と矢で串刺しにされ炙られる。
もう、結果が目に見えている。
しかし。しかしだ。
普通すぎる。これでは普通の戦争だ。
意志が、意志は何処に行った?
あれほどの事を起こせるような強さの意志はまったく、まったく皆無だ。
神とは、元より人々の意志と願いに応えるのも仕事の一環とされている。その為、強い意志は神の心へと繋がるようになっていて、聞き入ることが義務。それを叶えるかどうかは、当事者共に委ねられる。
私には更に複雑化された其れが組み込まれている。
人造だからこそ、不具合とはあるもの。
私には、意志が"見える"。そして、"聞こえる"。
記憶の中、そして記憶の外でも、その場所に残された強い強い意志が、見える、聞こえるのだ。
だが、今、この時にそれは感じ得ない。
まったくだ。まったくもって伝わらない。聞こえない。
魂が未練としてこの地に留まっていくのはわかる。それもおびただしい数。
現代の死霊共やアンデット共は、この時代の未練魂たちの成れの果て。
おそらく私たちを襲ったのも、その魂が別の"強い意志"に共鳴したから。
しかし、その共鳴を促す力というのは、見当たらない。
おかしい。おかしすぎる。
この場から、というかニズリス・ブールから、そんなものは一つも感じ得ない。
つまり、間違っているのか。
時代が?それとも其れ以前の問題か。
わからない。少なくとも、今の私だけではわからない。
戻る必要があるらしい。
戻った場合、再びこの場へと来れるかどうか体力次第だが。
しかし、だからと言ってやたらめったらしていても意味はない。
戻るしかない。
念のため、高速で時間を戻りつつ意志を探しながら戻るとする。
体をふっ、と浮かせて。
次の瞬間には黒の中。
99、98、97。
一体、ならば意志とは誰の、何の意図からのものなのか。
45、44、43。
戦争という一つの大きな原因であろうもの。そこから考えられないとなると、最早謎また謎。
21、20、19。
サクラの意志伝達を確かめれば、何かわかるのだろうか。試してみればわかるだろうか……
5、4、3……
リィン、と鈴の音。
「!?」
それは、意志の音。強い意思の音。
即座に黒から、聞こえた年のニズリスへと降り立つ。
二年前。
開戦から100年の、その日。
そこに、それはあった。
「にゃお……」
紺色に、星のように瞬く白の斑点をまぶした、猫。
意志を伝える、"音去"。
意志が、見えた。




