02 秘密基地 (1)
闇の中、静かに立っていたクスノキが淡い光を放ち始めました。
止まっていた風が吹き、クスノキがざわざわと揺れ始め。
クスノキの根元あたりの空間が、ぐにゃり、と曲がりました。
「きたね」
ずぶ濡れのツナギを着た女の子、エンジニア・リンドウが笑顔を浮かべます。
「案外、早かったね」
ドンッ、と大きな音が響き、空間に穴が開きました。その穴の中から、小型のヨットが飛び出してきました。
「やれやれ、無茶するねぇ」
あきれ半分のリンドウの声は、ヨットが着地する音にかき消されました。
猛スピードで飛び出してきたヨットは、そのまま地面を滑り、数十メートル先で止まります。どうにか無事、着地できたようです。
「あの、手慣れた感じの不時着……ヒスイだね」
ふふ、と笑いながら、リンドウは立ち上がりました。
「ヒスイ! もうちょっと穏便に着陸できなかったの!?」
「そんなこと言ってもさー。こっち側、見えなかったものー」
「いたた……頭、打ってしまいました」
「大丈夫かね? わお、立派なたんこぶができてるねえ」
ヨットから四人の女の子が出てきて、わいわいと話をしています。
それは、海賊団の仲間たち。
デュランダルに乗って「勇者の船団」に参加した、「名もなき勇者」たち。
いいえ、もう「名もなき勇者」ではありません。
剣士・アカネ。
巫女・ルリ。
飛行士・ヒスイ。
医者・ハクト。
名前と力を取り戻し、とうとうここにたどり着いてくれたのです。
長かった、と思いました。
信じてよかった、と嬉しくなりました。
コハクが天使とともに行ってしまったのは誤算でしたが、ようやく副団長として、責務を果たすときが来たのです。
──そっか。みんなで、探しに来てくれるんだ。
そうつぶやいて、幸せそうに笑っていたシオリ。そのシオリのところへ行くために、ついに勇者が集まったのです。
「ピィッ!」
リンドウに気づいた妖精たちが、一斉に姿勢を正し敬礼しました。
アカネが、ルリが、ハクトが、そしてヒスイが、妖精が敬礼した相手に目を向けます。
「やぁ、みんな」
泣きたくなるほどうれしい気持ちを、おどけた口調でごまかして、リンドウはポカンとする四人に敬礼しました。
「久しぶり。元気そうで何よりだよ」
◇ ◇ ◇
闇の中から現れたずぶ濡れの女の子を見て、四人とも言葉も出ませんでした。
紫色のツナギを着た、ベリーショートの女の子。
海賊団の副団長、天才エンジニア・リンドウ。
勇者の船団にその姿はなく、ここへ来るまで名前すら聞かなかったリンドウが、ケロッとした顔で出迎えてくれたのです。
「え、え……リンドウ?」
「リンドウさん……どうしてここに?」
「いやはや、これは驚いたね」
「リ……リンドーっ!」
リンドウの幼なじみ、ヒスイが、叫ぶようにリンドウの名を呼んで駆け出しました。
「どこにいたんだよー、僕、ずっと探してたんだからねー!」
「悪い悪い、色々あってね」
リンドウは「あっはっは」と笑いながら、駆け寄ってくるヒスイに向けて両手を広げました。
そして、まさにヒスイが抱き着こうとした、その瞬間。
ゴツンッ。
「ぎゃうっ!」
リンドウの、金槌のようなゲンコツが、ヒスイの脳天に直撃しました。
「あんた、よくもアゾット号を壊してくれたね!」
「う……うう、ぼ、僕のせいじゃ、ないよぉ……」
「やーかーまーしーい! ああもう、私の最高傑作だったんだよ!」
「だ、だってぇ……」
「リンドウさん、許してあげてください」
過去に何度も繰り広げられたその光景に、ルリがクスクスと笑いました。
「ヒスイさんだって、つらいと思いますから」
「まったく……やれやれ、ルリに免じて、許してやるか」
リンドウは肩をすくめると、たった今ゲンコツを食らわせたヒスイの頭を、わしゃわしゃとなでました。
「ま、無事でよかった。また会えて嬉しいよ、ヒスイ」
「うう……リンドウ……僕も、会いたかったよー」
「で、預け物は、ちゃんと持ってきたね?」
「うん、ここにあるよ!」
ヒスイが背中を見せ、縛り付けていたジェラルミンケースを見せました。
「よし」
リンドウはそれを見てうなずきました。ケースに多少の傷はついていますが、中身に問題はなさそうです。
「これ、中身はなにー?」
「あとで教えるよ……ハクト!」
「なにかね?」
「悪いけど、急いで診察をお願い」
「どこかケガでもしたのかね?」
「私じゃない。カナリアだよ」
カナリアと聞いて、ハクトも他の三人も、ハッとした顔になりました。
「パティシエさんは……やはりカナリアでしたか」
「でも、でもさー、カナリアって……」
「言いたいことはわかるけどね。でも、いるんだよ。幽霊でも何でもなく、ね」
だけど、自分が海賊団にいたことは、すっかり忘れている。
それに、海育ちだったはずなのに、山育ちだと言っている。
「ふぅむ」
リンドウの言葉に、ハクトは腕を組み考え込みました。なにか思うところがあるようです。
「ごめん、考えるのは後にして。海でおぼれてね。水は吐かせたけど、意識が戻らない。今、あっちで寝かせてる」
「おっと、それは大変だ。急いで診よう」
「ピィッ!」
ハクトがカナリアのところへ行こうとしたとき、妖精が鋭い声をあげました。
「ちっ、もう来たのかい」
さきほどヨットが飛び出してきた空間の穴から、金色の光が出てこようとしていました。
妖精たちが素早く隊列を組み、勇者たちの前に壁を作ります。
「リンドウ。ここへ来れば友軍がいる、て言われてたんだけど?」
アカネも剣を抜き、ルリも手を組んで祈りの姿勢になります。
「ああ、いるよ。周り見てみな」
リンドウが、ぱちん、と指を鳴らしました。
すると。
「ピーーーーーッ!」
四方八方から、勇ましい妖精の声が響きます。
武器を手にした妖精たちが、周囲一帯を埋め尽くしていました。
「こんなにいるの!?」
「まあね。とはいえ、あっちはもっと多い。足止めが精一杯だよ」
「マモナク、空間ガ突破サレマス」
ハクトが背負ったシルバーが、警告を出しました。
「うぉっ、なんだい、アンドロイド!?」
「うむ、味方のアンドロイド、シルバーくんだ。すまないが後で体を作ってやってくれないかね」
「……あんた、どうやって味方にしたの?」
「はっはっは、君こそ妖精とはどういうつながりかね?」
リンドウとハクト、海賊団の年長二人がニヤリと笑います。
「ま、あとでじっくり、ね」
「うむ、承知した」
「よし、ここは妖精たちに任せて、私たちは逃げるよ!」