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11 シオリの元へ (3)

 コハクは、マレが払いのけた短剣を拾いました。

 そして鞘に収めることなく、振り向いて、リンドウとカナリアに突きつけます。


 「コハク!? なんのつもりだい?」

 「黙れリンドウ……俺の質問に答えろ」


 怒りがパンパンに詰まった低い声で、コハクは二人に問いかけました。


 「お前ら二人とも、マレの手下か?」

 「……手下? どういうこと?」

 「マレは悪魔の手下だ。神様が閉じ込めた悪魔を解放して、神様に復讐するために、俺たちに近づいた」

 「なに言ってるんだ、あんたは。マレはシオリを助けようと……」

 「それが嘘だ、て言ってるんだよ!」


 コハクはリンドウの言葉をさえぎり、怒鳴りました。


 「マレはシオリを倒すために、悪魔がよこした手下なんだよ!」

 「なんでマレが、シオリを倒そうとするんだい!」

 「シオリは、この世界を作った神様だ!」

 「あんた……どうしちまったの? 天使は……」


 リンドウが言い返そうとした時です。

 金色の光が飛んできて、コハクの背後にふわりと舞い降りました。

 天使です。

 そして天使とともにやってきたアンドロイドが、デュランダルの甲板を埋め尽くすように着地します。

 海にも、空にも、アンドロイドがひしめいています。完全に包囲されていました。


 「て……天使? コハク、あんた……」

 「なあ……天使がシオリを連れ去った、てのが、そもそも嘘じゃねえのか?」


 それに、と。

 コハクは険しい顔になって、カナリアをにらみました。


 「カナリア。お前、誰だ?」

 「え、わ、私は……」

 「お前、この前言ったよな。自分は山育ちだと。山奥の村で生まれ育ったと」

 「う、うん……」


 それがどうしたのだろうと、カナリアは首をかしげました。

 そんなカナリアを見て、コハクは冷たく笑います。


 「俺が知ってるカナリアはな……」


 コハクが一呼吸置き、短剣の先をカナリアに向けました。


 「海育ちなんだよ! 海沿いの小さな村で生まれ育って、そこでお菓子屋やってるんだよ!」


 カナリアが、ぎょっとした顔になりました。

 そのカナリアの顔が──嘘がバレて、あせっている、コハクにはそんなふうに見えました。


 「カナリアっ、お前は誰だ! リンドウっ、妖精たちと一緒に、何を企んでやがる!」

 「……妖精?」


 コハクの叫びに、天使が不思議そうに首をかしげました。


 「コハク……妖精とは、何者です?」

 「あん? なんだよ、天使のくせに知らねえのかよ。妖精ってのは……」


 コハクが天使の問いに答えようとした時。

 ガクンッ、とデュランダルが大きく揺れました。


 「なっ!?」


 フォォォーン、と音を立てて、デュランダルのエンジンが動き始めました。ですが、いつのまにか下ろされていた錨のせいで、デュランダルは進むことができません。

 その結果──エンジンの力が逃げ場を失い、船首が浮き上がってしまいました。


 「誰だっ、デュランダルを動かしたのは!」

 「わ、わわわっ!」

 「カナリアッ!」


 リンドウが床を蹴りました。

 姿勢を崩したカナリアを抱き締め、船がかたむくままに船尾へと猛ダッシュしました。


 「つかまってなよ!」


 リンドウが叫ぶと同時に、デュランダルの全砲門が開きました。

 ギュギュギューン、と音を立てて、オレンジ色の光が包囲するアンドロイドを撃ち落とします。


 「息を吸って! 飛び込むよ!」


 カナリアが慌てて息を吸った時、リンドウが海に向かってジャンプしました。

 ふわり、と体が浮いて、ほんの一瞬、空中で止まります。

 そのとき、船に残ったままのコハクと目が合いました。


 (コハク……)


 どうしてだよと、問いかけるようなコハクの目。

 怒っていたのはコハクのはずなのに、そのコハクの方が、カナリアよりもずっとずっと悲しそうな目をしていました。


 (コハク……私は……私はね……)


 お願い、そんな悲しそうな目をしないで。


 心の一番奥から出てきた思いを叫ぼうとした時。

 カナリアは急降下をはじめ、リンドウとともに、どぼん、と海に落ちてしまいました。



   ※   ※   ※


 ──ああ、まただ、と思いました。


 深い深い闇の底へと沈んでいきます。

 どこまで沈むのだろう、いよいよ消えてしまうのだろうか、そんなことを考えました。


 キエ……ナイ、ヨ……


 どこかから声が聞こえました。途切れ途切れで聞こえにくい声。でも、なんだか聞き覚えのある気がしました。


 (……あれ?)


 不意に、視界が開けました。

 一筋の光もない闇の中にいたはずなのに、気がつけば、小さなランプが灯る机の前に座っていました。

 机の上には、ノートがありました。

 ほこりをかぶり、何度も書いては消したような、くたびれたノート。とても懐かしい、見慣れたノートでした。


 (それは……)


 もう、やめたはずなのに。

 書くことも、読み返すこともやめて、少しずつ忘れて、消えて行くままにしていたはずなのに。


 ほこりをかぶるままに捨て置いていたノートに、何かを一生懸命書いています。

 でも自分ではありません。

 誰かの中にいて、それを眺めているのです。


 (誰……?)


 疑問に答える声はないまま。

 カリカリ、カリカリと。

 ゆっくりと、刻むように、新しいお話がつづられていくのを、ただぼんやりと見つめ続けました──


   ※   ※   ※



 バシャァーン、と大きな波を立てて、デュランダルの船首が戻りました。

 舞い上がった海水が雨のように降り注ぐ中、コハクは短剣を握ったまま、カナリアたちが飛び込んだ海を見つめていました。

 海中へ潜ったのでしょう、二人の姿は見えません。

 二人に続いて、オレンジ色の小さな光が海へ飛び込むのも見えました。どうやら隠れていた妖精たちも、脱出したようです。


 (また……一人、かよ)


 コハクは歯を食いしばり、必死で涙をこらえました。


 「勇者、コハク」


 荒れた海が静かになり、デュランダルの揺れが止まると、天使が優しく声をかけてきました。


 「悪魔の誘惑を断ち切り、正しき道へ戻ったその勇気、敬意を表します」


 ひざをつき、頭をたれた天使をちらりと見て、コハクは短剣を鞘に収めました。


 「なあ。マレは……魔女は、どこ行ったんだ?」

 「おそらく、月の宮殿へ。かつて神様が住んでいた宮殿です」


 コハクは黙って空を見上げました。

 「月の扉」が開かれ、満月になっていた月ですが、今はもう半月に戻っています。魔女・マレは、悪魔が開いた道を通って、あの月へ行ってしまったのでしょう。


 ズキン、とケガをした足が痛みました。


 怒りで痛みを忘れていましたが、まだコハクの足は治り切っていないのです。

 ちくしょう、と舌打ちしつつ、コハクはその場に座り込みました。


 「おや、ケガですか?」

 「まあな」


 カナリアを助けるために負った、名誉の負傷。痛みを感じるたびにそう思って、誇らしく感じていました。ですが、カナリアが裏切り者だとわかった今、苦々しい思いしかありません。


 「無理はいけません。魔女との決戦に備え、治療いたしましょう」


 それに、少し休んだ方がいいでしょう。

 天使はそう言うと、ばさり、と大きな翼を広げました。


 「勇者・コハク。では参りましょう。神様のいる、『星の宮殿』へ」

 「は? 星の……宮殿?」


 なんだよそれ、と見上げたコハクに、天使は優しい笑みを浮かべます。


 「悪魔と魔女から守るために私が用意した、神様のお住まいです。きっと今も、そこから見ておられるでしょう」

 「それって……」


 天使の言葉に、コハクの胸が高鳴りました。


 「おい、まさか……」

 「ええ、そうです。神様……シオリのところへ、私がお連れいたします」


 打ちひしがれ、曇っていたコハクの目に光が宿るのを見て。


 勝負はついたと、天使はほくそ笑みました。

第4章 おわり

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― 新着の感想 ―
[一言] 天使、いい加減悪魔にジョブチェンジしてもいい(゜Д゜;)
[一言] んんん…?(ちょっと気づいたことがあるかもしれないけど、お口にチャック!) ⊂((・x・))⊃
[一言] 計画通り(ニヤリ)
感想一覧
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