03 二人の女の子 (2)
「おい……おい、パティシエ」
肩を揺さぶられて、パティシエはハッと目を覚ましました。
パティシエの顔の前で、海賊が手を振って「大丈夫か?」と首を傾げているのが見えます。
「え……あ、あれ?」
パティシエはいつのまにか甲板に来ていました。手には空のお盆を持っています。
「お前、何やってんだ?」
「わ、私、ココアを入れるように頼まれて、それで……」
「誰に?」
「え、誰に……?」
「そもそも、お盆、空じゃねえか」
「あ、あれ? あれえ?」
パティシエは何が何だか分からなくなりました。
確かにココアを入れて、マグカップをお盆に乗せた気がするのです。
「え、あれ……夢?」
「夢? なんだお前、夢遊病か?」
「ええと、お星さまがすごくきれいで……」
パティシエは空を見上げました。
夜空の一番高いところに満月が輝いていて、星の明かりを隠しています。残念ながら、星はよく見えません。
「あそこに……船の先に、いたの……」
甲板を見回しても、海賊とパティシエ以外は誰もいません。
「あん? 誰がだよ?」
「あ、あれぇ……?」
誰が、と聞かれて、パティシエは答えられませんでした。
確かにココアを渡して、お話をしたというのに。やはり、夢だったのでしょうか。
「忘れ……ちゃった……」
「なんだよそれ」
海賊があきれて肩をすくめました。
「だ、だって、ほんとに、いたんだもん」
「夢の中で、だろ?」
「そ、そうだけど……」
「ま、疲れすぎている時は、変な夢見るって言うしな」
海賊は困惑しているパティシエの背中を軽く叩き、「ちょうどいいや、ココア入れてくれよ」と言いました。
夜明けまではもう少しありますが、パティシエはすっかり目が覚めてしまいました。ココアを飲んで気持ちを落ち着けるのもいいかなと思い、海賊の頼みに「いいよ」と答えました。
パティシエは厨房へ行き、同じ形の白いマグカップにココアを入れ、お盆に乗せて海賊のところに戻りました。
「あったけえ」
「熱いの、大丈夫?」
「あ、あったりめえだ。ガキ扱いするな」
そう言いつつも、海賊はふうふうと何度も息を吹きかけてココアを冷ましています。パティシエも熱いのはちょっと苦手なので、海賊と同じようにふうふうとココアに息を吹きかけました。
「お、うめえな」
「ほんと? よかった」
海賊がココアを飲んでほめてくれました。パティシエもココアを飲んで、うん、とうなずきます。今日のココアはとてもおいしくできていました。
「俺と同じ歳ぐらいのガキが来た時は、どうしようかと思ったけどよ。やるじゃねえか」
「もー、私の方がお姉ちゃんなんだからね。ガキって言わないでよ」
「へん、お前と俺じゃ、年季が違うっての」
海賊は、生まれたときから海賊船の一員でした。有名な大海賊だったおじいさんに鍛えられ、航海術では大人にだって負けないと胸を張ります。
「海賊も、おじいちゃんが師匠だったんだ」
自分と同じだなあ、と思うと、パティシエは海賊に親近感がわきました。
「おじいちゃんは、優しかった?」
「まあ、二人の時はな」
「お仕事になると……すごく怖くなった?」
「あー……怖かったな。鬼みたいだった」
「私もだよ」
二人は笑い合い、お互いのおじいちゃんを自慢しました。
海賊のおじいちゃんは、世界をまたにかけた大海賊。
パティシエのおじいちゃんは、百人の弟子を育てた名パティシエ。
優しくて、怖くて、大好きだったおじいちゃんのことを、二人は夢中で話しました。年の近い友達がいなかったパティシエは、こんな風におしゃべりができることが楽しくて仕方ありません。海賊も楽しそうに笑っているから、よけい楽しく感じました。
楽しいな。
きっとあの二人も、こんな風におしゃべりしてたんだろうな。
そう思ったとき、パティシエの脳裏に、夢で見た二人の姿が浮かび上がってきました。
「あっ!」
「なんだよ?」
「あ、うん……思い出したの」
「なにを?」
「夢で見た二人のこと」
「……二人?」
「うん。巫女と同い年ぐらいの、髪の長い女の子だったよ」
赤と青のおそろいのマグカップ。長い黒髪で双子のようによく似た女の子。星を見ながら、肩を寄せ合って楽しそうに話していた二人の姿。
あれは誰だったんだろう、どうしてあの二人を見て、あんなに懐かしい気持ちになったのだろう。
パティシエは不思議に思いながらも、夢の内容をできるだけ詳しく海賊に話しました。
「……それでね、リボンの女の子が言ったの。『星渡る船』で月に行こう、て」
「星渡る……船……だって?」
パティシエの言葉に、海賊が大きく目を見開きました。
「本当か? 本当に、『星渡る船』って言ってたのか!?」
「あ、うん。確か、そう言ってたけど……」
「おい、もうちょっと詳しく教えろ!」
海賊が血相を変えて、パティシエの肩をつかみました。
「リボンの女の子って、どんな子だ!? 名前は!?」
「な、名前は……よくわかんないけど……」
大きな帽子の子がリボンの子の名前を呼んでいたような気がしますが、パティシエは覚えていませんでした。
「船の上、て言ったな。それはデュランダルか? お前、デュランダルに乗ってたのか!?」
「た、多分……い、いたい、海賊、痛いってば!」
海賊が思い切り肩をつかんで振るものだから、パティシエは思わず声をあげました。
パティシエの声に、海賊はハッとなって慌てて手を離しました。
「わ、わりぃ……」
「ど、どうしたの、いきなり?」
「い、いや、だってお前……その夢……」
何かを言いかけて、海賊は慌てて口を閉じました。
「い……いや、なんでもねえ、忘れてくれ。俺の勘違いだ」
「え、でも……」
「いいから!」
びっくりするほど強い口調で、海賊はパティシエの声を遮りました。
「……忘れろ。あと、その夢のこと、当分誰にも言うなよ。特に……アンドロイドにはな」
「え、なんで?」
「いいから約束しろ!」
ギロリ、と海賊ににらまれて、パティシエは慌ててうなずきました。
何が何だかわかりませんが、海賊はすごく真剣で怖い顔をしています。たぶん言う通りにした方がいいのだろうと、パティシエは思いました。
「……そろそろ、夜明けだな」
海賊が空を見ながらつぶやきました。月が低い位置へと移動し、右手の空が明るくなり始めていました。
「朝めし、うまいのたのむぜ」
海賊はそう言い残し、操舵台から飛び降りて、船室へ行ってしまいました。