11 シオリの元へ (1)
岩山から飛び降りたマレは、地面すれすれまで急降下すると、一気に加速して海へ飛び出しました。
「急がなきゃ」
悪魔が「月の扉」を開いていられるのは、三十分と言っていました。天使に邪魔されないよう、できるだけ遠くへ行ってから、月を目指さなければなりません。
空に浮かぶ月をちらりと見て、マレはほうきにありったけの魔力を送り込みました。
「わっ……わわっ!」
ほうきがぐんぐん加速します。あまりのスピードに、風に吹き飛ばされて、ほうきから落ちてしまいそうになります。
マレは風を防ぐため、魔法で守りの壁を作り出しました。
「これ……守りの壁なしじゃ、飛べない……」
だけど、このスピードならあっという間に遠くへ行ける。
マレがそう思った時、海の中に無数の金色の光が生まれました。
「うわっ!」
金色の光が、猛スピードで海から飛び出してきました。
天使が作った、金色のアンドロイドです。
海を埋め尽くしそうなほどのアンドロイドが、次々と飛び出してきて岩山に向かいます。悪魔を倒すため、天使が呼び寄せたのでしょう。
「くっ……」
飛び出してきたアンドロイドが、マレに激突しました。守りの壁が跳ね返してくれましたが、あまりにも数が多すぎます。
高く飛んで、アンドロイドをかわすか。
このまま守りの壁で身を守って突っ切るか。
高く飛べば天使に気づかれてしまうかもしれません。とはいえ、アンドロイドが何体も激突したら、守りの壁が消し飛んでしまいそうです。
「マジョ、ミツ、ケタ」
アンドロイドの中に、マレに気づく者が現れました。
岩山へ向かっていたアンドロイドの一部が、マレに向かってくるのが見えました。一部といっても、すごい数です。このまま押し包まれたら、捕らえられてしまうでしょう。
「捕まるわけには……いかない!」
マレは意を決し、杖を取り出しました。
「神の怒り、猛き斧となりて敵を砕け! 雷の斧!」
マレの周囲に、パリッ、と電気が走りました。
それは、たちまちのうちに大きな光となり、押し寄せてきたアンドロイドを一撃でなぎ払いました。
「飛べ!」
これで天使に気づかれた。
マレは、さらに加速しました。ぐずぐずしてはいられません。天使が追手を差し向けてくる前に、「月の扉」をくぐってしまわないと、宮殿へ行くことができなくなってしまいます。
ですが、焦るマレの前に立ちはだかるものがありました。
黒く巨大な海賊船──デュランダルでした。
◇ ◇ ◇
デュランダルの象徴ともいうべき、ドクロが描かれた煙突がなかったので、マレは黒い船がデュランダルだと気づきませんでした。
邪魔するのなら、攻撃する。
マレは杖を構え、戦闘態勢を取りました。
ぐずぐずしていられないという焦りが、マレの判断を誤らせたのかもしれません。
「マレ……てめぇっ!」
そんなマレを双眼鏡で確認したコハクは、頭に血が上り、怒りのままにデュランダルを急旋回させました。
マレがやってきた直後に、牢獄に閉じ込められていたはずの悪魔が自由になった。
悪魔のところへ行くのを阻むかのように、マレが猛スピードでやってきて戦闘態勢を取った。
──魔女は神様に復讐するため、悪魔を復活させて世界を滅ぼそうとしているのです。
天使の言葉が、コハクの頭の中に響きます。
「そうなのかよ……本当にそうなのかよ、マレっ!」
「待ちな、コハク!」
「うるせーっ!」
止めようとするリンドウに怒鳴り返し、コハクは、だんっ、と殴りつけるように、大砲の発射装置を押しました。
大砲から放たれたオレンジ色の光が、マレに向かって伸びていきます。
「このっ! 魔法の矢!」
それを見たマレは、ほうきを急旋回させ、魔法の矢を撃ち返しました。
デュランダルの砲撃とマレの魔法が、正面からぶつかりました。
衝撃で、デュランダルが大きく揺れます。負けてたまるかと、コハクは大砲を撃ち続け、マレも杖を振るって応戦します。
「待て、待つんだコハク! あれはマレだ!」
「それがどうしたぁっ! 攻撃してくる奴は、敵だぁっ!」
コハクは舵を切り、海面ギリギリを飛ぶマレにデュランダルをぶつけに行きました。デュランダルに迫られて、マレは慌てて海面を蹴って高く舞い上がります。
そこで船を見下ろし、マレは驚きました。
「え……これ……デュランダル!?」
甲板に描かれたドクロのマークを見て、マレはようやくこの黒い船がデュランダルだと気づきました。慌てて魔法を唱えるのをやめ、杖をしまって攻撃の意志がないことを示しました。
マレが杖をしまうと、デュランダルも砲撃をやめました。
『マレェーッ!』
デュランダルに取り付けられたスピーカーから、コハクの怒鳴り声が響きました。
船の後部、操舵台だったところに作られた建物の屋上に、三角帽子にマントを身に着けた女の子が出てきました。
海賊・コハク。
まだ九歳なのに、誰よりも勇敢な、海賊船デュランダルの船長。
そのコハクが、目をつり上げて、本気で怒った顔でマレをにらんでいました。
『てめぇ……一人でどこへ行く気だぁっ! 今まで何をしてやがったぁっ!』
怒りのままに怒鳴るコハクに、マレはびくりと震えました。
ここまで怒ったコハクは、初めてでした。本気の本気で、マレに怒っています。
『アジトに行ったんなら、どうして俺たちを待たねぇっ!』
コハクが言葉を切り、マレの返事を待ちました。
ですが、マレは答えられませんでした。
言えないのです、本当のことは。
シオリのこと、自分のこと、この世界のこと。それをコハクたちに教えていいのか、マレにはわからないのです。
「マレ!」
怒りの形相で返事を待つコハクの背後に、別の女の子が登ってきました。
ベリーショートで、紫色のツナギを着た女の子です。
「リンドウ……」
じわっと、マレの目頭が熱くなりました。
デュランダルの船長と、海賊団の副団長。
頼もしい二人の姿を目にして、マレはいっそすべてを打ち明けて、一緒に戦ってほしいとお願いしたくなりました。
『こっちに来い、マレ。そこじゃ話もできねぇ』
コハクが怒りを抑えた声で呼びかけてきました。
少し迷いましたが──マレはうなずいて、コハクたちがいるところへ近づきました。