10 悪魔解放 (3)
呪文が完成し、マレが杖を一閃すると。
悪魔を縛る鎖が、まるで紙か何かのように、バラバラに断ち切られました。
「くっ……はははっ、マジか、マジかお前! 神様の鎖を、本当にぶった切りやがった!」
自由になった悪魔に、力がみなぎってきます。目の前にいるマレは悪魔の力を感じ、ぶるりと震えました。
(これが、悪魔……)
本当に解放してよかったのかと、マレは冷や汗をかきました。
ですが、もう後戻りはできません。悪魔を縛り付けていた鎖はバラバラになってしまいました。
「おー、おー、慌てて飛んできてるぜ、金ピカ天使が」
悪魔が指差した方を見ると、金色の鎧をまとう天使が猛スピードで近づいてくるのが見えました。
すでに槍を手にし、構えています。このままここにいたら、問答無用で襲われるでしょう。
「さてと……契約執行といこうか」
悪魔がニヤリと笑い。
ぱんっ、と大きな音を立てて、両手を合わせて叩きました。
「開け。月の扉」
「きゃっ!」
すさまじい圧力で岩山の頂上が吹っ飛び、悪魔の力が空へ昇っていきます。その力が月に届くと、半月だった月がみるみる満月になっていきました。
「ほらよ、開いてやったぜ。行きな」
うなずいたマレですが、すぐそこに天使が迫っています。うかつに飛べば、天使に叩き落とされてしまうでしょう。
「どうした? 早くしないと扉が閉じるぞ。俺の力でも、あれは三十分が限界だ」
「で、でも、天使が……」
「あん? あー、仕方ねえなあ。天使は俺が引き受けてやるよ」
悪魔はめんどくさそうに言いました。
ですが、その目はギラギラと輝き、天使をにらみつけています。
「お前は一度山を下りて、地面伝いに海に出ろ。俺が天使を抑えてやるから、スキをみて月を目指せ」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
くくくっ、と笑った悪魔が、「おっとそうだ」とマレを引き留めました。
「魔女。最後に一つ質問がある」
「……なに?」
「『世界の書』。聞いたことはあるか?」
マレは何も答えませんでした。しかしその強張った表情が、「知っている」と答えているようなものでした。
「ふん、そうか。まあ、そうだと思ったがな」
「それが……どうかしたの?」
「俺も知っている。もちろん、天使もな」
「え?」
もちろん?
もちろんとはどういう意味でしょうか。いったい悪魔は、何が言いたいのでしょうか。
(……そういえば)
ニヤニヤと笑う悪魔を見て、マレはさっき悪魔が言っていたことを思い出しました。
天使、悪魔、魔女。
みんなシオリと同じ、十四歳の女の子。
その意味に気づき、マレはハッとなります。
悪魔がそうなら。
天使もそうで。
つまり、悪魔も天使も同じだと、そう言いたいのではないでしょうか。
「悪魔……あなたは……」
「おっと、おしゃべりはここまでだな」
マレの言葉をさえぎるように、悪魔は海の方を指差しました。
その指し示す方に見えるのは、天使。
グズグズしている暇ありません。天使は、すぐそこまで来ています。
「さっさと行け」
「……わかった」
今は、行くしかない。
マレはほうきにまたがると、えいや、と岩山から飛び降りました。
◇ ◇ ◇
デュランダルを飛び立ったフクロウは、天使に姿を変え、羽をはばたかせました。
「おのれ魔女! どうやって悪魔の居場所を知った!?」
悪魔の居場所は、天使しか知らないはずです。それを、魔女はどうやって知ったのでしょうか。ひょっとしたら島に侵入した何者かが、魔女に悪魔の居場所を知らせたのでしょうか。
「急がねば!」
天使が大きく羽をはばたかせました。
「魔女め、悪魔の力を借りて何をする気か!」
なんとしても阻止しなければと、天使がさらに強く羽をはばたかせた時でした。
ドォン、と大きな音がして、岩山の頂上が吹き飛びました。空に向かって大きな力が上って行き、もしや攻撃かと天使が身構えた時。
さぁっ、と、世界に光が広がりました。
「な……」
光に驚き、天使が空を見上げると、月がみるみる満ちていくのが見えました。
「『月の扉』が、開いたのですか!?」
かつてシオリが住んでいた宮殿へ通じる道。
それをふさいでいるのが「月の扉」です。天使が、全力で閉じた扉です。いくら魔女が天才でも、開けられるはずがありません。
では誰が開けたのか。
問うまでもありません。
「お、おのれえ……魔女め、悪魔に開けさせたか!」
もはや許せぬと、天使は槍を手に全速力で飛びました。
魔女を捕えて連れて来い、それが神様の命令です。
しかし、魔女はとうとう悪魔に接触しました。これ以上、好きにさせては危険です。たとえ神様の命令に背くことになろうとも、ここで魔女を消さねばならないと、天使は強く思いました。
「わが槍の一撃で、葬ってくれるわ!」
月明かりに照らされた岩山が、夜空を背景に浮かび上がっていきます。
その頂上、悪魔が捕らえられている場所が壊れていて、そこに人影が見えました。
(魔女か!)
天使はその人影に向かって突っ込んでいきました。
神様の鎖で縛られた悪魔は動けません。あの人影こそが、魔女でしょう。
(串刺しにしてくれる!)
天使は槍を構え、弾丸となって岩山の頂上へと突っ込んでいきました。
ですが。
「よう、天使。一歩遅かったな」
魔女だと思った人影は、悪魔。
そう気づいた天使は驚きのあまり、「ばかなっ!」と叫んでしまいました。
「さぁて、復活祝いだ、派手に行くぜぇっ!」
悪魔の周囲に、青白い炎が生まれました。その炎の大きさ、これまでの比ではありません。
「おのれぇっ!」
やられてなるものかと。
天使もまた、全力をもって、悪魔に槍を叩きつけました。