10 悪魔解放 (2)
宮殿の図書室。
「世界の書」の、原本がある場所。
確かに、悪魔の言うとおりです。そこに行けば、何か手がかりが得られるかもしれません。
「でも……」
マレは半壊した天井の向こうにある、夜空を見上げました。
半月が、夜空に浮いていました。
この世界では月にあることになっている、シオリの宮殿。あの空に浮かぶ半月へたどり着ければ、宮殿に行くことができるのですが。
「私……宮殿に行く方法がわからない……」
一度だけ自力で行くことができましたが、無我夢中だったのでよく覚えていません。それに、海賊団の仲間を助けるためにこちらに戻ってからは、どうやっても宮殿へ行けませんでした。
「天使が道をふさいだからな。行きたくても行けないさ」
「天使が?」
「あの金ピカ、よほどお前が怖いらしい。ここへ閉じ込めて、この世界ごとお前を消そうとしたのさ」
あと一歩というところで、失敗したけどな。
そう言って、悪魔は愉快そうに笑いました。
「じゃあ、どうやって行けばいいの?」
「俺が道を開いてやろう。ただし、対価はもらうぜ?」
悪魔の目がギラリと光るのを見て、マレは息を飲みました。
「対価って……私の魂、とか?」
「いらねえって、そんなもん」
「じゃあ、なに?」
ジャラッ、と悪魔が鎖を鳴らしました。
「この鎖を切れ」
「鎖を……?」
「いい加減、見物だけってのも飽きてきたんでな」
悪魔を封じ込め縛っておくために作られた、神様の力が込められた鎖。
そんなもの、マレに切れるのでしょうか。
「切れるさ。なにせお前は、神様の親友だからな」
神様。
天使が仕え、悪魔を封じ、たくさんのお話を生んだ世界の創造主。
だけど、マレは知っています。
──私は神様なんかじゃない。
シオリは、そう言っていました。「お話を考えるのが大好きな、ただの空想好きの女の子だよ」と告白して、ずっと友達でいてほしいと泣いていました。
「天使にも俺にも切れない。だけど、お前なら切れると思うぜ」
マレは鎖を見つめました。
なぜでしょう、切れる、と思いました。
でも、この鎖を切るということは、悪魔を解放するということです。
それは果たして神様が──シオリが許してくれることなのでしょうか。
「さあ、どうする? 迷っている時間はもうないぜ?」
「……そうみたいね」
強大な力が、猛スピードでこちらに向かっているのを感じます。
間違いありません、この力の感じ、天使です。
「鎖を切れば、全力が出せる。そうしたら、すぐに道をあけてやるよ」
「……約束、だよ?」
「約束? 俺は悪魔だぜ、約束なんて守らねえよ」
険しい顔をしたマレに、悪魔がケラケラと笑います。
「そんな顔するな。約束は守らねえが、契約は守る。それが悪魔の矜持ってやつだ」
「……わかった。契約、成立ね」
マレが、すぅっ、と杖を掲げました。
「風よ、辻に集い、空を旋り、竜となれ」
ゴォッ、と。
マレの足元から風が起こりました。掲げた杖に風が集まり、集まった風が渦となり、やがて刃となって光り始めます。
(おいおい、すげえな)
マレの力に悪魔は驚きました。そして、ひょっとしてと思っていたことが、確信に変わります。
(間違いない。こいつは……俺や天使と同じだ!)
「すべてを断ち切れ! 風の刃!」
◇ ◇ ◇
空を駆け抜けた光が、巨大な雷となって空から海へ落ちて行く。
その光景は、デュランダルに乗るコハクたちにも見えました。
「なんだい、あの光?」
「あれって……」
驚くリンドウと、不安そうな顔をしたカナリア。
そんな二人を横目に、コハクはギリッと歯を食いしばりました。
「同じだな……世界を滅ぼす魔女さまが、お出ましになった時と」
世界を超えて集められた、勇者の船団を一撃で壊滅させた光。
落ちた光は、間違いなくあれと同じものです。そして光が落ちたのは、おそらくアジトがある島のあたりです。
艦橋の窓の外側で、黒い影が羽ばたくのが見えました。
天使が化けたフクロウです。慌てているように見えるのは、コハクの気のせいではないでしょう。
(マレ……アジトに、何の用だ?)
あの光は、きっとマレです。
一人で出て行ったマレが、いまさらアジトに何の用でしょうか。
天使は、どうして慌てて飛んで行ったのでしょうか。
(ちくしょうが!)
イライラする気持ちを何とか押さえつけ、コハクは舵輪を握りました。
「いくぞ……リンドウ、カナリア。戦闘態勢だ」
「あいよ」
「うん!」
急いで配置につく、リンドウとカナリア。
不審なところは何もありません。でも、本当に……この二人は、信じていい仲間なのでしょうか。
(いいさ、すぐにわかる)
フォォォーン、とデュランダルのエンジンがうなりをあげます。ぐん、と速度が増し、デュランダルが波を立てて走り始めます。
「今回は負けねえぞ……魔女!」