10 悪魔解放 (1)
大洋の真ん中にある島にそびえ立つ、三角錐の形をした岩山。
その上空がにわかにかき曇り、空と海が荒れ始めました。
「ナニゴト?」
岩山を監視していた天使のアンドロイドが警戒態勢を取った、その時です。
一筋の光が空を駆け抜け、巨大な雷となって岩山に落ちました。
数百体のアンドロイドが、一撃で倒されました。
その衝撃で岩山が大きく揺れ、悪魔は眠りから覚めました。
「……来たか」
悪魔はニヤリと笑います。
天井に大穴が空き、月の光が差し込んできました。その光の向こう側に、人影が見えます。
悪魔は、ふぅっ、と息を吹きました。
青白い炎が生まれ、悪魔の周囲で輪となります。その炎に照らされて、悪魔がいる部屋の入口に立っていた、魔女・マレの姿が浮かび上がりました。
「なかなか派手な登場じゃないか、魔女」
悪魔はニヤニヤ笑いながら、おどけた仕草で一礼しました。
「座ったままで失礼。初めまして、だな。お噂はかねがね」
天使から聞かされているよ、グチとしてな。
悪魔が笑顔で出迎えても、マレは険しい顔をしたまま動きません。杖を手に、警戒した様子で悪魔を見ています。
「そう警戒するな」
悪魔が手を挙げると、じゃらり、と鎖の音がしました。
「この通り、俺は動けねえ」
「……そうみたいね」
「せっかく来たんだ、もうちょっと近くに来いよ」
マレは、ゆっくりと近づいて来ました。
ピタリと足を止めたのは、悪魔の間合いギリギリ外。たいしたものだねえと、悪魔は笑います。
「で、俺に会いに来た、てことでいいのかい?」
「……ええ」
「案内も出していないのに、よくここだとわかったな」
マレは無言で悪魔を見つめています。どこまで手の内をさらしていいか警戒している、そんな感じです。
「退屈で仕方なかったんでな、来客は歓迎だ。けどな……」
悪魔はギラリと目を光らせました。
「……警戒したままろくに挨拶もなし、てのは、少々勘に触るぜ?」
ボウッ、と青白い炎が燃え上がり、マレに向かって伸びました。
マレは慌てて一歩下がり、杖を振るって炎を跳ね返します。
(ふうん)
本気ではないとはいえ、悪魔の攻撃です。それをマレは、杖の一振りで跳ね返してみせました。
(天使相手に戦えるのは、伊達じゃねえってことか)
くくくっ、と悪魔は笑いました。
マレが悪魔と手を組めば、天使を倒すことができるでしょう。それほどの力の持ち主が、シオリが生み出したお話の、ただの登場人物なのでしょうか。
(こいつ、やっぱりそうなのか?)
悪魔はマレに向かって伸ばした炎を引っ込め、さて、とほおづえをつきました。
◇ ◇ ◇
悪魔の炎を払いのけたマレですが、正直なところ、回れ右をして大急ぎで逃げ出したい気持ちでした。
天使と互角に戦える存在、悪魔。
椅子に鎖で縛り付けられ、力も大半が封じられているはずなのに、向き合っているだけで押しつぶされそうです。新しい杖で全力で魔法を使っても、倒せるかどうかわかりません。
でも、逃げるわけにはいきません。マレにとって、悪魔は最後の手がかりなのです。
「……失礼しました。私は魔女のマレよ」
「ようこそ。歓迎するぜ、『世界を滅ぼす魔女』」
来客は歓迎、その言葉の通り、悪魔はマレを追い返すつもりはないようです。ですが果たして、マレの頼みを聞いてくれるでしょうか。
「用があるなら、急いだほうがいいぜ?」
迷っていると、悪魔がため息交じりに言いました。
「あの金ピカ天使、もう気づいてるはずだ。今頃、全速力でこっちに向かってるぞ」
悪魔が言う通りでしょう。
島の周囲を十重二十重に囲んでいたアンドロイドを、吹っ飛ばして来たのです。天使が気づいてないはずはありません。天使がここへ来るのは時間の問題です。
マレは大きく息を吸うと、よし、と気合を入れて悪魔に近づきました。
青白い炎に照らされて、闇の中に浮かぶ悪魔。
黒色の鎧と兜に身を包んだいかめしい格好ですが、よく見ると──マレと同い年ぐらいの女の子のようです。
「……あなたも、女の子なのね」
「ああそうだ。お前と同じ、十四歳の女の子だよ」
悪魔が愉快そうに笑います。
「ついでに教えてやるよ。天使も十四歳の女の子だぜ」
「そうなの?」
「ああ、そうさ。天使、悪魔、魔女。みんな神様と……シオリと同じ十四歳の女の子さ」
「……巫女のルリも、同い年よ?」
「ああ、そうだったな。まあ、そういうこともあるさ」
くくくっ、と笑う悪魔を、マレは静かに見つめました。
みんな同じ、十四歳の女の子。
なぜ悪魔はそんなことを、わざわざ教えてくれたのでしょうか。何か意味があるのでしょうか。
「おっと、話がそれたな。で、お前はここに、何をしに来た?」
「……シオリのいる場所が、知りたいの」
悪魔の真意はわかりませんが、今は後回しです。ぐずぐずしていたら、天使が来てしまいます。
「知っているなら、教えてほしい」
「ふむ」
悪魔が真顔になりました。ひたりと悪魔に見据えられ、マレは緊張で体を固くします。
「知らないな」
悪魔が肩をすくめました。
「天使は、お前が俺の手下だと思っている。俺からお前に伝えられることを恐れて、秘密にしてるよ」
「……そう」
マレはがっかりしました。
危険をかえりみず、わらにもすがる思いでここまで来たというのに、何の手がかりも得られませんでした。もうどうしていいか、マレにはわかりません。
「まあ、そう落ち込むな」
落胆しているマレを見て、悪魔は、くくくっ、と笑います。
「どこにいるかは知らないが、ヒントがありそうな場所は知っている」
ハッとしてマレは顔をあげました。
「……どこ? 教えて、お願い」
「俺が以前閉じ込められていた、宮殿さ」
悪魔は空を指差しました。
「宮殿の図書室。あいつが入り浸っていた場所だ。そこを探せば、何か見つかると思うぜ」