09 新しい物語 (2)
アジトへはリンドウたちも向かっているはずです。
合流しようかと、少しだけ考えたマレですが、やはり一人で行くことにしました。もしも悪魔と戦うことになったとき、みんなを守りきれる自信がなかったのです。
ですが研究室を出たところで、黒いツナギ姿の妖精たちが待ち構えていました。
すっかり旅支度を終えていて、目が合うと直立不動で敬礼されました。
「ええと……一緒に、来るの?」
「ピィッ!」
キビキビとした動作といい、天使のアンドロイド相手に互角以上に戦ったことといい、まるで軍人のような妖精たち。ついてきてくれれば、頼もしい味方となってくれるでしょう。
ただ、妖精たちの目的がよくわかりません。リンドウが新しく雇ったスタッフなのかと思っていましたが、どうも違うようです。
「ねえ、あなたたちはどこから来たの?」
「ピッピピ~♪」
マレの問いに、妖精たちは口笛を吹いて目をそらします。
どうやら言いたくないようです。
マレがどうしたものかと悩んでいたら、妖精たちは「よし行くぞ!」と言わんばかりに声を上げ、さっさと歩き出します。
「え、あ、ちょっと……」
「ピピピッ!」
マレが戸惑っていたら、妖精が立ち止まることなく振り返り、「おいていくぞ!」と言わんばかりに声をあげました。
「でも、その……」
「ピーッ! ピピーッ!」
「ひっ! は、はい、すぐ行きます!」
まごまごしていたら、怒られてしまいました。
マレは慌てて駆け出し、妖精たちと一緒に建物を出ました。
マレがほうきにまたがると、妖精たちもぴょんと飛び乗ってきます。
ほうきの前に、一人。
ほうきの後ろに、二人。
そしてマレの帽子の上に、二人。
「え、そこ? 落ちない?」
「ピピピッ!」
帽子の上の妖精に声をかけると、「まかせろ」と言わんばかりに親指を立てます。
なんだかなぁと思いつつも、その力強い表情に、マレは口元をほころばせました。
「じゃ、行くよ」
マレは、ほうきに魔力を送り込みました。
「世界の書」を読むのに、かなり魔力を使ってしまいました。省エネ運転でいかないと、途中で魔力がなくなって飛べなくなるかもと考え、最低限の魔力を送り込みました。
ですが。
「えっ、わ、わわわっ!」
ほうきは、びゅんっ、と猛烈な勢いで上昇しました。
「ちょっ、ちょっと待ってー! なにこれ、なにこのほうき!」
「ピピピーッ!」
ほうきの前方に座る妖精が、何やら誇らしげな顔をしています。いつ取り出したのでしょう、その手にはキーがたくさんついた小さな箱があり、忙しく叩いています。
「え、それ、パソコン?」
「ピッ!」
あ、そういうことかと、マレは思わず叫びました。
「リンドウねーっ! 改造したほうきの性能調べろ、て言われてるんでしょーっ!」
「ピーッ!!!!!」
妖精たちが声をそろえて返事をし、親指を立てました。
正解、と言っているのでしょう。とても楽しそうな笑顔です。
「このほうき、すごすぎー! リンドウ、どれだけいじったのよー!」
ゆっくり飛ぶつもりで魔力を送り込んでも、ほうきはものすごいスピードが出ます。マレは慌てて魔力を絞り込み、ようやくいつものスピードにまで落としました。
感覚として、前のほうきの百分の一ぐらいの魔力です。これなら、残った魔力だけでも、十分にアジトまで行けそうです。
「いったいどうなってるの?」
探ってみると、ほうきの柄の中に何かが仕込まれていました。そこから魔法の力を感じます。
「あ、これ……増幅の魔法?」
そういえばと、マレは思い出しました。
「星渡る船」を探す航海に向けて、リンドウはデュランダルのエンジンを改良しようとしていました。そのとき、「小さな力を大きくする魔法はないか」と聞かれたのです。
マレはリンドウに「増幅の魔法」のことを教え、それをいくつかの宝石に定着させて渡しました。
ほうきには、その宝石の一つが使われているようです。
「きっと……杖にも仕込んでる、よね?」
マレが視線を向けると、妖精がキラキラ、ワクワクした目で見返してきます。
杖を使ってみて、という目です。
データを取りたくて、うずうずしている感じです。
嫌な予感がしました。試しておかないと、まずいかも知れません。
マレは杖を取り出すと、何もない場所に向かって一番弱い攻撃魔法を放ちました。
「火の玉」
魔法使いが一番最初に教えてもらう、初歩の初歩の魔法です。前の杖なら、拳と同じぐらいの大きさの火の玉しかできないものです。
ですが、杖の先にできたのは、マレの全身をすっぽり包んでしまうような、大きな炎の塊でした。
「ひっ……」
「ピィーッ!」
顔を引きつらせるマレとは対照的に、妖精は大喜びです。カカカカカカッ、とものすごい速さでキーボード打ち、「次は? 次は?」なんて目でマレを見上げています。
「これ……知らずに攻撃魔法使ってたら、大惨事だったんじゃない?」
「ピィ〜♪」
マレのジト目に、妖精は口笛でごまかします。
試しておいてよかったと、マレはほっと息をつきました。
でも、これなら。
悪魔が相手でも、なんとかなるかもしれません。
マレは「よし」と気合を入れると、アジトのある島を目指して飛び始めました。