08 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅳ (3)
大洋の真ん中で見つけた島にある、三角錐の形をした岩山。
そこを新しいアジトにして、海賊団の「星渡る船」探しが始まりました。
「ただ進めばいい、てもんじゃねえんだよ」
とにかく進もうとするシオリを、コハクがたしなめ、慎重に航路を開拓していくことになりました。
空を飛べるマレや竜騎士のアンジェは、偵察役として大忙しの毎日です。
「ほらほら、みんな、しっかり食べてよ!」
「おいしいデザートもあるからねー!」
毎日忙しく働くみんなのために、料理長のココとパティシエのカナリアも大張り切りです。
誰も知らない海を進み、世界の果てへたどり着く。
そして「星渡る船」を見つけて、月へ行く。
おとぎ話のような冒険に、海賊団のみんなは心を躍らせ、絶対にやり遂げるぞと、一丸となって取り組みました。
──ですが「星渡る船」探しが始まって、しばらくすると。
「おーい、マレ。シオリ知らない? アンジェが探してるんだけど」
「え、いないの?」
「あら、マレさんも知らないんですか。どこに行ったんでしょうね」
シオリが、行き先も告げずにいなくなることが増えました。
たいていは二、三日で帰ってくるのですが、どこへ行っていたのか聞いても教えてくれません。宮殿に戻っていたのだろうかと思い、二人きりの時に聞いても、あいまいに答えるだけです。
それに、一人で考え込んでいることが増えました。
「ねえマレ、シオリはどうしたんだい?」
ある日、マレはリンドウに呼び止められました。
どうしたのかと尋ねたら、まるで自分がいなくなるようなこと言って、リンドウを副団長に任命したというのです。
「なんか、おかしいよ? ちょっと気を付けておいて」
「うん、わかった」
その数日後、コハクにも同じようなことを言われました。
「おいマレ、お前、シオリとケンカでもしたのか?」
「え、してないけど……」
「ならいいけどよ。なんか……シオリ、変だぞ? 何か気づいたことねぇのか?」
特にないと答えかけて、マレはそういえばと思います。
最近シオリとあまり話していませんでした。航路の開拓で忙しかったのもありますが、シオリから話しかけてくることが極端に減っている気がします。
ひょっとして、シオリに避けられているのでしょうか。
ちょっと話をしてみよう。
マレは、アジトへ戻るとすぐにシオリの部屋へ行きました。
でも、シオリはいませんでした。どこへ行ったか知っている人もいませんでした。
「どこに行っちゃったんだろう?」
ほうきに乗って島中を探しましたが、シオリはどこにもいませんでした。なくなっているボートやヨットもないので、島を出て行ったということもなさそうです。
だとすれば、やはり、宮殿に戻っているとしか考えられません。
「シオリ……」
マレは、東の空に浮かぶ満月を見つめました。
不意に。
あの日の夢──天使が宮殿へ様子を見に来た、あの夢が脳裏に浮かびます。
胸騒ぎがしました。
何かまずいことが起こっている、そんな気がします。
ひょっとしたら、シオリはもう戻ってこれないのではないか、そんな気がし始めました。
「……行かなくちゃ」
どうやって、なんてことはわかりません。
だけど、行かなきゃ、行ってシオリを助けなきゃと、あせりにも似た気持ちがわき上がってきました。
「シオリ……今、行くからね!」
マレは、月に向かって全速力で飛び始めました。
無我夢中でした。月へ、シオリのいる宮殿へと、その思いだけで飛び続けました。
高度を上げるにつれ、気温が下がり、空気が薄くなっていきます。魔法で身を守りましたが、次第に体が冷たくなり、ほうきが思うように操れなくなりました。
これ以上進んだら、命にかかわる。
そう感じましたが、マレは引き返しませんでした。
「このぉっ!」
マレは、ありったけの魔力をほうきに送り込みました。
月へ、シオリがいる宮殿へ。
マレはそれだけを考えて、必死になって飛び続けました。
※ ※ ※
「あなたはいったい、何をしていたのです!」
宮殿の外で、天使が怒りの声をあげ、雷が空を切り裂きました。
「あなたは、すべてを私にゆだねた! あなたは、その宮殿に閉じこもることを選んだ! それをお忘れか!」
天使が怒るのは当然だと思いました。
だけど。
もう宮殿に閉じこもっているのが、イヤになったのです。みんなと一緒に、もっともっと広い世界へ行きたくなったのです。
空を超えて、星を超えて、どこまでも飛んで行ける。
きっと、そんな船だよ。
マレがそう言ってくれた時、心の中に「希望」の光が灯ったのを感じました。
行けるんだと。
自分が考えた船に乗って、どこまでも行けるんだと。
そう思った時、宮殿を出なきゃ、と思ったのです。
勇気を振り絞って、宮殿を出て……「あの人」のところへ行かなきゃと、そう思ったのです。
「また、痛くて苦しい思いをしたいのですか?」
ですが、天使の静かな言葉が、心に灯った光をしぼませました。
「忘れたのですか、これまでのことを。あなたがどれだけの仕打ちを受けてきたかを」
「あ……う……」
「ここを出ていくということは、すべてをお返しするということですよ?」
浮かび上がってくる記憶を振り払うように、頭を振りました。
いやだ。
やめて。
思い出させないで。
体がすくんで、身動きできなくなりました。
私の力が弱まり、天使は、守りを破って宮殿に入り込んできました。
「で……出て……行って……」
「いいのですね、すべてをお返しして。私は構わないのですよ」
天使の言葉に、心も体も金縛りになりました。
いやだ。
もういやだ。
痛いのも、苦しいのも、悲しいのも、もういやだ。
息ができなくなりました。全身から冷や汗が流れ、体の力が抜けて行きました。
「さあ、正直にお話しください。あなたはいったい、何をしていたのです?」
もうだめ。
もうこれ以上、逆らえない。
うずくまり、涙を流してゆるしを乞おうとしたとき。
「シオリ!」
大好きな友達が、空飛ぶほうきに乗って駆けつけてくれました。
※ ※ ※