03 二人の女の子 (1)
その日の夕食が、パティシエの初仕事でした。
「自己紹介も兼ねて、おいしいご飯つくるぞ!」
張り切って取り組んだパティシエですが、慣れない場所での仕事とあって、とても疲れました。
船の上なのでずっと揺れているし、水や食材は節約しなければいけません。なによりも、薪ではなく「エンジン」が生み出す熱を使っての料理は、火加減がよくわからずちょっとだけ失敗してしまいました。
それでも、パティシエが作った夕食のビーフシチューと、デザート──もちろんパティシエ自慢のパンケーキです──は、みんなが「おいしい」と言ってたくさん食べてくれました。
(ああ、よかった)
ホッとすると、どっと疲れが出てきました。無理もありません。まだ十歳の女の子が、知らない世界に一人でやって来て、夜までずっと働いていたのですから。
「パティシエさんは、ゆっくり寝てくださいね」
片付けを終えたところで、巫女が優しく言ってくれました。他のみんなは交代で夜の見張りをするのに、パティシエはしなくていいとも言われました。
本当にいいのかなあ、と思いましたが、もう眠たくて目を開けていられません。「うたた寝された方が迷惑だ」と海賊に言われたので、パティシエは「おやすみなさい」と挨拶をして、ベッドに潜り込みました。
※ ※ ※
──真夜中に目が覚めました。
船が揺れているせいでしょうか、なんだかふわふわとして、夢の中にいるような気分でした。
(あ、そうだ。ココア頼まれたんだった……)
パティシエは大きなあくびをすると、重いまぶたをこすりながらベッドを降りました。
「こんな夜中に、ホントにわがままなんだから」と、ちょっと怒りながら厨房へ行き、お湯をわかして、二人分の温かいココアを作りました。
赤と青のおそろいのマグカップにココアを注ぎ、お盆に乗せて、こぼさないよう揺れる船の中を歩いて甲板へ向かいます。
「うわあ……!」
甲板に出て、パティシエは思わず声をあげました。
満天の星です。
まさに、降るような星空でした。こんなに素敵なら、星を見ながら温かいココアを飲みたいと思うのは当然です。夜中に叩き起こされて、ちょっと怒っていたパティシエですが、「これは仕方ないかな」と許す気になれました。
「この海をずっと行ったところにあるのよ!」
「えー、本当に?」
パティシエが星に見とれていると、女の子のはしゃいだ声と、それに答える優しい声が聞こえてきました。
その声が、なぜかとても懐かしく感じました。
胸のあたりがじんわりとして、目頭も熱くなります。
「あ、いた」
パティシエが探すと、船首に二つの人影が見えました。
一人は、水色のエプロンドレスを着て、頭に大きなリボンをつけています。
もう一人は、黒いワンピースを着て、先がとがった大きな帽子をかぶっています。
どちらも長い黒髪の、十代半ばの女の子です。後ろ姿で顔は見えませんが、それが誰なのかすぐわかりました。
(相変わらず、仲良しだなあ)
まるで双子の姉妹のような、よく似た二人。しかし性格は真逆です。いつも朗らかで明るい・・・が、弱気で引っ込み思案な==を引っぱり回してオロオロさせているのです。
パティシエはお盆を持って、ゆっくりと二人の方へと歩き出しました。
二人はおしゃべりに夢中で、パティシエには気づいていません。
「本当だってば。みんなで探せば、絶対見つかるよ!」
「見つけたら、どうするの?」
「もちろんそっちに乗り換えるのよ! そして、みんなで月へ行くの!」
また始まったと、パティシエはあきれました。
あまりにも突拍子がないから、==もどう返事していいか困っています。いつもこうだから・・・の相手は疲れるだろうなと、パティシエは==に同情してしまいます。
もっとも、それで==が困っているのかといえば、「それはないな」とみんなが笑います。
「ええっ、本当に行けるの?」
「だって『星渡る船』だよ? 月くらい簡単よ! きっと、もっと遠くにだって行けるよ!」
「でも、もし行けなかったら?」
「もちろんその時は、==が行く方法を考えるの!」
「わ、私が!? そんなムチャぶり……」
「だーいじょうぶ、あなたは世界一の魔法使いだもの! よろしくね!」
「もう……いつもそうなんだからぁ」
困った顔をしながらも、==の声は楽しそうです。
・・・がムチャぶりするのは==に対してだけ。それがわかっているから、==も笑って受け止めているのです。
「あ、こっちこっちー!」
パティシエに気づいた・・・が、手を振って呼びました。
「寝てたのに、ごめんね」
かぶっていた帽子を取り、==が申し訳なさそうに謝ります。
・・・が無茶をして、==がみんなに謝る。いつもそうなのに、どうして==は怒らないのかな、と不思議になります。
「えー、そんなの簡単よ」
ココアを一口飲んだ・・・が、パティシエの疑問に満面の笑みで答えました。
「==は、私のことが大好きだからよ!」
「……うん、知ってた」
聞いた私がバカだったと、パティシエはあきれながら笑いました。
「なんだか二人って、友達っていうより、恋人みたいだよね」
「うん、そんな感じだね!」
パティシエの言葉に、・・・が笑いながら==に抱きつきました。
==はおろおろしながら「うわ、うわ、またみんなにからかわれちゃうから、やめてよぉ」と、真っ赤な顔をしています。
「それじゃあ、お邪魔虫はさっさと戻るね」
「わ、わっ! そういうんじゃないからね。普通に、友達だからね!」
「あ、ひどーい! 私は世界で一番==が好きなのに! ==は違うの!?」
「え、いや、わ、私だって好きだけどぉ……」
うん、もう勝手にやってて。
パティシエはあきれながらも、そんな二人が少しうらやましいと思いました。