08 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅳ (2)
どうやってみんなで月へ行くか。
シオリがその答えを出したのは、半月ほどたった、真夜中でした。
「マレ、マレってば。起きてよ!」
「ん……んん……シオリ? なぁに?」
「思いついたの! ほら早く起きてよ!」
「えぇ~……まだ夜中じゃない……」
「いいから早く! 行くよ!」
「え……えぇ~……どこに行くのぉ?」
シオリはマレの手を取ると、強引に引っ張り起こし、部屋から連れ出しました。
どうやらシオリは、マレを甲板へ連れて行きたいようです。途中で、パティシエのカナリアが寝ている部屋の扉を叩き、「ココアを二つ、よろしくね!」なんて注文もしていました。
「もう、カナリアを起こしちゃ悪いでしょ?」
「だって、すごくすてきな星空なのよ! ココアを飲みながら見たら、最高よ!」
ほら早く、とシオリはぐいぐい手を引っ張って、マレを甲板へと連れ出しました。
「……うわぁ!」
甲板に出て、マレは声をあげました。
満天の星です。
まさに、降るような星空でした。
シオリが言う通り、すごくすてきな星空です。眠気なんて吹き飛んでしまいました。
「すごい……星が降ってきそう」
「でしょ! それでね、この星空を見ていたら思いついたの!」
「何を?」
「みんなで月へ行く方法よ!」
デュランダルの船首まで来ると、シオリは得意げな顔で振り向きました。
「空飛ぶ船に乗って行くの!」
「空飛ぶ……船?」
「そう!」
目をキラキラさせて胸を張るシオリ。また始まったなあと、マレはあきれ半分で笑います。
「それ、わざわざ真夜中にたたき起こして言わなきゃダメ?」
「この星空を見て生まれたアイデアだもの。マレにも見てもらわなくちゃ、と思って!」
「そうかもしれないけどぉ……」
「肝心なのは次よ、マレ。その船の名前はね、『星渡る船』よ!」
うわぁ、と。
思わずマレは声を上げてしまいました。
「星渡る船」。
なんてすてきな名前でしょう。確かに、この星空を見ていないと思いつかない名前です。
「すごい……なにそれ、すてきな名前!」
「でしょ! われながら最高の名前だと思うのよね!」
鼻高々のシオリを見て、マレは小さく笑います。どうやらシオリは、すてきな名前を思いついたことを、一刻も早く自慢したかったみたいです。
「それで……その船は、どこにあるの?」
マレが尋ねると、シオリは待ってましたという感じで答えました。
「この海をずっと行ったところにあるのよ!」
「えー、本当に?」
「本当だってば。みんなで探せば、絶対見つかるよ!」
「見つけたら、どうするの?」
「もちろんそっちに乗り換えるのよ! そして、みんなで月へ行くの!」
「ええっ、本当に行けるの?」
色々と突拍子もないことを思いつくシオリですが、今回のは極めつけだなと、マレは思いました。
「だって『星渡る船』だよ? 月くらい簡単よ! きっと、もっと遠くにだって行けるよ!」
「でも、もし行けなかったら?」
「もちろんその時は、マレが行く方法を考えるの!」
「わ、私が!? そんなムチャぶり……」
「だーいじょうぶ、あなたは世界一の魔法使いだもの! よろしくね!」
「もう……いつもそうなんだからぁ」
困ったなぁと思いながらも。
目を輝かせているシオリを見て、マレも楽しくなりました。
「あ、こっちこっちー!」
シオリが手を振りながら声を上げました。振り向くと、ココアの入ったマグカップをお盆に乗せて、カナリアが歩いてくるのが見えました。
「寝てたのに、ごめんね」
シオリが謝らないので、マレが代わって謝りました。カナリアは小さくため息をつきましたが、「すてきな星空見られたから、もういいよ」と許してくれました。
許してもらえてホッとしていると、カナリアが不思議そうな顔をしました。
「マレって、いつもシオリの代わりに謝ってるけど……なんで怒らないの?」
「えー、そんなの簡単よ」
カナリアの質問にマレが面食らっていると、代わりにシオリが答えました。
「マレは、私のことが大好きだからよ!」
「……うん、知ってた」
カナリアがあきれた顔になり、でもすぐに笑い出しました。
「なんだか二人って、友達っていうより、恋人みたいだよね」
「うん、そんな感じだね!」
シオリが抱き着いてきて、マレは大慌てです。
「うわ、うわ、またみんなにからかわれちゃうから、やめてよぉ」
「それじゃあ、お邪魔虫はさっさと戻るね」
「わ、わっ! そういうんじゃないからね。普通に、友達だからね!」
「あ、ひどーい! 私は世界で一番マレが好きなのに! マレは違うの!?」
「え、いや、わ、私だって好きだけどぉ……」
「……うん、もう勝手にやってて。じゃ、片づけはお願いね。おやすみー」
もう付き合いきれない、という顔をして、カナリアはあくびをしながら船室に戻っていきました。
「もぉ、シオリぃ!」
「ごめんごめん、悪ノリしすぎちゃった。さ、気を取り直して、続きよ!」
二人は船首に腰を下ろし、「星渡る船」のことを話しました。
どんなところにあるのだろう、誰が作ったのだろう、どんな形の船だろう──アイデアは尽きず、なかなかまとまりません。
でも、二人でこうして話し合っているときが一番楽しいのです。この時間だけは、他の誰にもない、マレの特権でした。
「うーん、アイデア、まとまらないね」
「名前がすてき過ぎて、アイデアがいっぱい出ちゃうね」
でも、とマレは言葉を続けます。
「空を超えて、星を超えて、どこまでも飛んで行ける。きっと、そんな船だよ」
「……うん、そうだね」
二人はうなずき合い、星空を見上げました。
「ふふ、すっかり夜ふかししちゃったね」
「うん、そうだね」
東の空にあった星座が、もう西の空に移動しています。
そろそろ寝ないとな。
マレがそう思ったとき、不意に、シオリがマレの腕に抱き着きました。
「え、わわっ、シオリ?」
「きっと行けるよね? みんなと一緒に」
「……うん、行けるよ。ううん、絶対に、行こうね」
「うん、行こう」
そして、「星渡る船」で宮殿に着いたら。
「私が誰で、この世界が何なのか……マレに教えるね」