07 コハクの疑念 (2)
あなたは本物の勇者だと言われて戸惑っているコハクに、天使は言いました。
マレは、悪魔と契約して力を手に入れた魔女。
悪魔が牢獄に閉じ込められたことを知り、悪魔を助け出して復讐のために世界を滅ぼそうとしているのだと。
悪魔が閉じ込められている牢獄の場所を突き止めるため、魔女は、双子のようによく似た女の子に化けて、シオリに近づきました。
臆病で泣き虫なふりをして、時間をかけてシオリと仲良くなり、信頼を得ることに成功します。
そして、シオリを守っていた宮殿から言葉巧みに連れ出し、悪魔が閉じ込められている牢獄へ案内させようとしたのです。
「その企みに気づいた私が、シオリを助け出したのです」
ですがすぐに、シオリを連れ戻そうとマレが追って来ました。
一度は撃退したものの、マレは海賊団の仲間たちを連れて、再びやってきます。
「あなた方は、魔女にだまされているのですよ!」
天使は海賊団の仲間を説得しようとしましたが、話を聞いてもらえず、やむなく力を振るって撃退しました。
「マレは再びデュランダルに戻り、またあなた方をだましてシオリを取り戻そうとしました。なので、私は配下の者を差し向け、デュランダルを攻撃させました」
天使が差し向けたのが、鳥のようにはばたく人形たちでした。
人形の猛攻撃を受け、さすがのデュランダルも苦戦します。一人、また一人と仲間が減っていき、いよいよ追い詰められたところで、マレは一人で行ってしまいました。
「もはや足手まといと、見限ったのでしょう」
天使の言葉に、コハクは歯ぎしりしました。足手まといなんて思われるのは、勇敢なコハクにとっては屈辱でした。
「シオリが大切にしていた仲間たちです。私も何とかしようと思いましたが……説得は通じず、もはや全員悪魔の手に落ちたと考えるしかありませんでした」
ですがと、天使は静かにコハクを見つめました。
「あなたは、そうではなかった。その証拠に、私の槍を弾き返しました」
「なんでそれが証拠になるんだよ」
「私の槍をはじき返すなど、普通は無理です。あなたは、神様の加護を受けているのでしょう」
「神様の、加護?」
「そうです。コハク、真の勇者である、あなたにはお伝えしましょう。シオリは、この世界を作り出した、神様なのです」
「……は?」
「信じられぬのも無理はありません。ですが、それが真実なのです」
信じられないという顔をしているコハクに、天使は再び頭を下げました。
「勇者・コハクよ。どうか神様であるシオリを助けるために、その力を貸してもらえないでしょうか」
◇ ◇ ◇
神様の加護。
シオリがくれた、お守りの封筒。これがそうなのでしょうか。
シオリは神様で、悪魔の復活をもくろむ悪い魔女──マレにだまされていたのでしょうか。
シオリと双子のようにそっくりで、いつも一緒にいた、臆病で泣き虫の女の子。
「友達というより、恋人だよな」なんて、みんなでからかうぐらい、シオリにとって特別な友達だったマレ。
あれが全部、悪魔を復活させるための演技だったのでしょうか。
とても信じられません。二人は本当に、心からお互いを信じあっていたようにしか思えません。
ホゥ、とフクロウが鳴きました。
注意しろと言っているような鳴き声に、コハクは慌てて封筒を胸ポケットに入れました。
「コハクー!」
甲板に、コハクを呼ぶカナリアの声が響きました。
コハクが振り向くと、大きく手を振って「ごはんできたよー」と呼んでいます。
すぐ行く、と手を振り返し、コハクはフクロウに背を向けました。
ホホゥ、ホホゥ、とフクロウが鋭く鳴きます。
その鳴き声に、コハクは「わかってるよ」と舌打ちしました。
カナリアとリンドウは、魔女・マレの手下。
天使はそう言っているのです。
バカバカしいと、天使の言うことなど無視したいコハクですが、どこか引っかかるところがあるのは確かです。
カナリアは、海賊団の一員だったことを、すっかり忘れています。
リンドウは、「勇者の船団」に参加していなかった上に、妖精たちと何かを企んでいる様子があります。
くそっ、くそっ、くそっ、とコハクはイライラします。
大切な仲間だと思っているのは、コハクだけなのでしょうか。
マレも、カナリアも、リンドウも、コハクを仲間だとは思っておらず、利用して悪魔を復活させようとしているだけなのでしょうか。
そして神様を──シオリを、悪魔の力で倒そうとしているのでしょうか。
「どうしたの、コハク?」
沈んだ顔のコハクを見て、カナリアが心配そうな顔になりました。
ちゃんと仲直りはしたのですが、天使の言葉にコハクの心は揺れています。疑えばきりがなく、どんな顔をすればいいか、わからなくなるのです。
「いや……ちょっと、な。みんな、大丈夫かな、て思って」
「みんなって、勇者のみんな?」
「ああ」
「心配だよね。でも、きっと大丈夫だよ。一番弱い私が、こうして元気なんだから!」
「それもそうだな」
「あははー……自分で言ってて、ちょっと情けなくなっちゃった」
「気にするな、自分を知るのはいいことだ」
「なんか、バカにされてる気がする……もうコハクには、おやつ作ってあげないよ!」
ぷくっとほおを膨らませたカナリアに、コハクは小さく笑いました。
バサバサッ、と翼が羽ばたく音がしました。
そして、ホゥホゥとフクロウの鳴き声が聞こえてきます。
「え、フクロウ?」
ひゅっ、と風を切って飛ぶフクロウを見て、カナリアが目を丸くしました。
「ん? ああ……なんか、あの島を出てから、よく見るんだ」
「えー、そうなの? 島からついてきちゃったのかな?」
フクロウが軽やかに舞い上がり、高いところに止まりました。
「立派なフクロウだね。でも、大丈夫なのかな。フクロウって普通、森に住んでるよね?」
「ん? そうなのか?」
「そうだよ。あ、そうか、コハクは海育ちだから、あんまり知らないんだね」
こちらを見下ろしているフクロウに手を振りながら、カナリアは笑います。
「私は山育ちだから、小さい頃からよく見てたよ」
「……は?」
カナリアの言葉に、コハクは耳を疑いました。
「え、山育ちって……お前、海沿いの村で生まれ育ったんだろ?」
「え、違うよ。私は、山奥の村で生まれ育ったんだよ」
だから、勇者の船団に参加するまで、海を見たこともなかったよ。
そう言ったカナリアに、コハクは呆然とした顔になり。
フクロウが、ホゥホゥと、どこか楽しそうに鳴き声をあげました。