06 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅲ (3)
シオリは、窓に空いていたもう一つの穴に飛び込みました。
ぐにゃり、という感覚が身を包みます。
この感覚、初めてマレが宮殿に飛び込んだ時と同じです。
それだけでもびっくりしたのに、さらにびっくりしたのは、穴を潜り抜けた先で見えた光景です。
「え、え、えぇぇぇぇっ!?」
そこは南の街ではありませんでした。
真夜中のはずなのに、太陽が輝いています。周囲には雲が浮かんでいて、眼下にはどこまでも広がる青い海が見えます。
「え、ええっ、空!? 海!? ここどこ!?」
「マレ、飛んで!」
いつのまに持ってきたのでしょう。シオリの手にはマレのほうきがありました。
マレはほうきを受け取り、ふわりと宙に浮きました。シオリがさっさとほうきにまたがったので、マレも慌ててほうきにまたがります。
「あの島へ行って!」
シオリが指差す方に、緑におおわれた島が見えました。
そして、その島の入り江に、大きな煙突のある、真っ黒な船が泊まっています。
「えっ!?」
その船の煙突を見て、マレは目を丸くしました。
ドクロのマークです。そう、あの黒い船は海賊船、しかもマレも知っている船です。
「あれ、デュランダル!?」
「そうだよ!」
海賊船デュランダル。
それは、シオリと二人で考えたお話、『海賊コハクの航海日誌』に出てくる船です。
「ち、ちょっと待って、シオリ、いったい何が起こってるの!?」
「だから、すっごいこと、だよ!」
もう驚きっぱなしで、マレは半分パニックです。
「あ、いたいた。おーい、コハクー! 新しい仲間、連れてきたよー!」
そんなマレをよそに、シオリはデュランダルの甲板に向かって叫びました。
すると、オレンジ色の三角帽子とマントを羽織り、金色の髪をおさげにした女の子が振り向いて、手を振り返しました。
(え、コハクって……ええっ!?)
もう、何が何やら、です。どうしてお話の登場人物が、本当に目の前にいるのでしょうか。
「『世界の書』のことは、ナイショだよ?」
シオリが耳元でささやきました。
「あとでちゃんと説明するから。話、合わせてね」
「え、え、シオリ、あの……」
どうしていいかわからずオロオロするマレですが、シオリが楽しそうにウィンクするのを見て、うなずくしかありません。
「さ、船に降りて!」
「う、うん」
マレがふわりと甲板に着地すると、わっ、と歓声が上がりました。
たくさんの子が甲板に集まってきて、シオリとマレを取り囲みます。そんな中、正面にいた一番小さな女の子──コハクが近づいてきて、大きなため息とともにシオリに文句を言いました。
「お前なあ、出かけるなら言っていけよ。みんな心配したんだぞ」
「ごめーん! でもほら、新しい仲間、連れてきたよ!」
みんなの視線が集まり、マレはドキドキしました。「ほら、帽子取ってあいさつ!」とシオリに言われ、慌てて帽子を取ると、取り囲んでいたみんながどよめきました。
「えっ、そっくり!」
「シオリ、あんた双子だったの?」
「えへへー、そっくりでしょ? でも双子じゃないよ。私の、一番の親友よ!」
ほらほら自己紹介、と背中を押され、マレは慌てて自己紹介をしました。
「あの、その、魔女のマレです。え、ええと、よろしくお願いします!」
「マレって、すごいのよ!」
あらゆる魔法を使いこなす天才で、その気になれば、次元を飛び越え別の世界へ行くことだってできる。
シオリがそう言うと、みんなが「すげぇ~」と声をあげました。
(シ、シオリ、それ言い過ぎだってばぁ……)
確かにマレは師匠も認める天才で、たいていの魔法は使えます。ですが次元を飛び越えるなんて、そんな、神様みたいなことはやったことがありません。
「でもねえ」
マレが照れて困惑していると、シオリが大げさなほど困った顔で、首を振りました。
「マレって、すっごく臆病で、泣き虫なの。つまり、ヘタレね!」
グサッと心に刺さることを言われ、さすがのマレも文句を言いたくなります。ですが……事実なので、何も言えません。
「お前……親友をヘタレと呼ぶか。ひでえな」
代わりに、コハクが言い返してくれました。
「もうちょっと、やんわりと言ってやれよ」
「だって、マレはもう一人前の魔女なのよ? それなのに泣き虫って、ダメじゃない?」
「いやまあ、そうかもしれねえけどよ」
「だからさ、コハク。マレを鍛えてあげてよ! まずは水夫見習いからね!」
「ええっ!?」
なにそれ聞いてないよと、マレが驚いて声をあげると、コハクがお腹を抱えて笑い出しました。
「おいおい、本人びっくりしてるぞ。お前、本人に何も言わずに連れてきたのかよ。マジでひでえやつだな!」
「これもマレのためだもの。私、心を鬼にしてマレを鍛えるわ!」
「いやお前、何もしねえし」
「ぜったい、全部コハクに丸投げするよね」
お団子頭にエプロン姿の女の子がそう言うと、ドッと笑いが起こりました。シオリも「あ、ばれた?」と声をあげて笑っています。
(シオリがこんなに笑ってるの、初めてかも)
本当に、何が何だかわかりません。
でもシオリが、本当に楽しそうにお腹を抱えて笑っている、それだけでマレも楽しくなってきました。
「ま、なにはともあれ」
ひとしきり笑った後で、コハクがせき払いをし、マレに手を差し出しました。
「歓迎するぜ、マレ! 俺がこの海賊船デュランダルの船長、コハクだ!」
「うん。よろしく、ね」
マレは笑顔でうなずき、差し出されたコハクの手を握りました。