06 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅲ (2)
※ ※ ※
コツコツと、窓を叩く音で目が覚めました。
「そこにいるのは誰です?」
窓の外から、誰かが問いかけてきます。
その声を聞いて、マレの背筋がゾクリと震えました。
これに答えてはいけない、わけもなくそう思いました。ですが、暖炉の明かりで窓に影ができています。いないふりをすることはできません。
「誰って。私に決まっているでしょ」
どうしよう、とあせっていると──マレの口が勝手に動きました。
いえ、マレではありません。シオリです。マレは今、シオリの中にいるのです。
「しばらく来ないうちに、私のこと忘れちゃったの?」
「失礼、気配が違う気がしたもので」
窓の外で影がふわりと動くと、マレがぶつかって開けた穴の前で止まりました。
「ここに穴が開いていますが、何かありましたか?」
「ハロウィンパーティーのときに、何かがぶつかったのよ」
「ほう。何がぶつかったのです?」
「……知らない」
シオリは膝を抱える手にギュッと力を入れ、何者かの返事を待ちました。
「侵入者ですか?」
「そんなのいない。私、ずっとここにいたもの」
「おや、最近は図書室へ行っていないのですか?」
「飽きたの」
「それは残念。新しいお話、楽しみにしておりましたのに」
「で……何の用なの、天使」
マレはギョッとしました。
天使。
神様に仕えている、とても強い存在です。その天使が、いったい何をしにここへ来たのでしょうか。
「しばらくご尊顔を拝しておらぬと思いまして。ただのご挨拶ですよ」
「事前に使いぐらいよこしてよ」
「失礼しました。ところで、悪魔の様子は?」
天使の問いに、シオリは床に視線を落としました。
いえ、シオリが見ているのは床ではありません。床のずっと先、この宮殿の地下深く。そこに閉じ込められている──悪魔です。
「……おとなしくしてるみたいね」
「それはよかった」
「用はそれだけ? だったら帰ってくれない? 私、寝てたんだけど」
「わかりました。では、失礼いたします」
窓の外で影が動き、羽ばたきの音と共に離れていきました。
その様子をじっとうかがっていたシオリは、天使の気配が消えると、ほっと息をつきました。
「……マレがいなくて、よかった」
シオリはそうつぶやいた後、抱えた膝に顔をうずめ、再び眠りにつきました。
※ ※ ※
──カタン、と音がして、部屋の空気が流れました。
(……潮の匂い?)
夢うつつに、マレは首をかしげます。海から遠く離れ、森に囲まれた宮殿の中で、どうして潮の匂いがするのでしょうか。
不思議に思っていると、ほおをツンツンとつつかれました。
「……ん……んん」
「マーレ、起きて。もう夜中だよー」
笑いを含んだ声に、マレはハッとなって飛び起きました。
「あ、起きた」
「シオリ……」
「あはは、おかえり、マレ!」
飛び起きたマレを見て、シオリは楽しそうに笑いました。
「マレ、いつ戻ったの? ひょっとして、何日か待っちゃった?」
「う、ううん、戻ったのは今日の夕方だけど……」
「そいつぁよかった!」
ウィンクをして、親指を立てて笑うシオリ。
マレは「あれ?」と思いました。
なんだかシオリが、こう、元気というか、ワイルドな雰囲気になっているような、そんな気がするのです。
「シオリ……何かあったの?」
うたた寝している間に見た夢を思い出し、マレは少し不安になります。
シオリの様子を見に来た天使、宮殿の地下深くに閉じ込められているという悪魔。あれは本当に、ただの夢でしょうか。
「何か? うーん、そうね、すっごいことがあったよ!」
「すっごい、こと?」
「うん、それはもう、すっごいことだよ!」
シオリは心の底から楽しそうです。すっごいこと、いったい何でしょうか。
「それで、卒業試験は合格した? もちろんしたよね?」
「うん、したよ。だからもう、ずっと一緒にいられるよ」
「やったね、マレ! おめでとう! じゃ、お祝いしなくちゃ!」
あ、でも、と。
シオリは部屋の中を見て、腕組みします。
部屋にはマレが用意したお茶やおかししかありません。どちらもとてもおいしいのですが、いつものお茶とおかしなので、お祝いの特別感がありません。
「お祝いだもの、やっぱり特別でないとなぁ」
「私は別に、シオリがお祝いしてくれればそれで……」
「だーめ。マレが一人前になったお祝いだよ、ちゃんとしなきゃ!」
「でも、どうするの?」
「うーん、そうね……」
シオリはほおに手を当て、しばらく考えていましたが。
「いきなりすぎるかな……ま、いいか。どうせすぐに教えるんだし」
「え、なにを?」
「私の新しい友達のこと」
「新しい友達?」
首をかしげるマレに、シオリは「にししし」と、いたずらっ子のような笑顔を浮かべます。
「いいから、いいから。よし、みんなでお祝いしよう!」
みんな、て誰?
マレは戸惑いましたが、シオリはお構いなしでマレの手を取ります。
「え、え、ちょっと、シオリ!?」
「さ、行くよ!」
シオリは満面の笑みを浮かべると、マレの手を引いて、駆け出しました。