06 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅲ (1)
冬が終わり、春が来るころ。
マレは卒業試験を受けるために、北の島へ戻ることにしました。
「修行の成果を見せに、一度戻って来なさい」
師匠の老魔法使いから、そんな手紙が届いたのです。
シオリとの暮らしが楽しくてすっかり忘れていましたが、そもそもマレが旅に出たのは、卒業試験に合格するためです。いつまでも戻ってこない弟子を、老魔法使いも心配していることでしょう。
「……行っちゃうの?」
北の島へ戻ると聞いて、ちょっとふてくされたシオリ。でも、戻らないわけにはいかないのです。
「うん。あのね、私はまだ見習い魔女だから、本当はお師匠さまと離れて暮らすことはできないの」
魔法はとても強い力です。使い方を間違えると大変なことになります。だから見習いの間は、何かあってもすぐ対処できるよう、師匠と一緒に暮らす決まりです。ちゃんと卒業試験に合格して一人前と認められないと、師匠から離れて暮らすことはできないのです。
「今は、お師匠さまの命令で、修行の旅に出ているだけ。だから、戻れと言われたら、戻らなくちゃいけないの」
「そっか……うん、そうだったね」
「だから、卒業試験、受けてくる。きっと合格して、一人前になる。そしたら、ずっとここにいられるから」
「ちゃんと戻ってきてね? 約束だよ?」
「うん、約束する」
マレはシオリと指切りをしました。
次の卒業試験で、必ず合格する。
そして、シオリと一緒にここで暮らす。
「マレが戻ってきたら、合格のお祝いパーティー、しようね!」
「うん、絶対合格してくるね」
マレはシオリとそう約束し、卒業試験を受けるために北の島へと出発しました。
◇ ◇ ◇
マレは、ついに卒業試験に合格しました。
「見違えましたね」
卒業試験をしてくれた魔法使いは、これまでとは違うマレの姿に笑顔を浮かべました。
「絶対合格するんだという、覚悟を感じました。ええ、文句なしの合格です。今日からは正式に、魔女を名乗っていいですよ」
「はい、ありがとうございます!」
マレは晴れて一人前の魔女となりました。
すぐにでも南の街に戻りたかったのですが、お世話になった島の人や精霊へのあいさつ、引っ越しの荷物のまとめ、その他いろいろなことがあって、出発したのは十日後でした。
「これを持っていきなさい」
出発の直前、見送りに来た老魔法使いがマレに小さな箱を渡しました。
開けて見ると、中には何も書かれていない羊皮紙と白い羽ペンが入っていました。
「弟子が一人前になったときに、師匠から渡す決まりでな」
「これは、なんですか?」
「誓いの書じゃ。魔法使いが、何かを成し遂げると決めた時に使うものじゃよ」
卒業試験に合格したら修行が終わり、というわけではありません。
むしろ、本当の修行はこれからです。魔女として何を目指し何を成し遂げるのか、それを探し、一生をかけて成し遂げる。それが魔女として生きるということです。
「お前はまだ十四歳じゃ。慌てなくてよい、じっくり考えなさい。そして、これというものを見つけたら、その羊皮紙に書くといい」
そうすると、羊皮紙に込められた魔法の力が、誓いを成し遂げるために必要な力を与えてくれるのです。
ですが、注意することがありました。
誓いは、命をかける覚悟で書くこと。
そして、正しい言葉で書くこと。
これを守らないと、羊皮紙の力は「呪い」となって書いた者を縛ってしまうのです。一度書いた誓いは取り消すことができないので、そうなった者は、つらく苦しい人生を歩むことになります。
「それゆえ、生涯白紙のままの者もいる。だが、それでもかまわない。いいね、よく考えて使うのじゃよ」
「はい、お師匠さま」
「では達者でな。たまには遊びに来ておくれ。お友達も連れてな」
「はい!」
マレはほうきに飛び乗ると、全速力で南の街を目指しました。
◇ ◇ ◇
初めての時は一ヶ月もかかった道のりですが、今回はたったの五日でした。とにかくシオリに早く会いたくて、寄り道せずにまっすぐに飛んだからです。
「見えた!」
南の街を出たのは冬の終わりでしたが、街はすっかり春の景色になっていました。
シオリは、どうしているでしょうか。
少し遅くなってしまったので、怒っているかもしれません。北の島から持ってきたおみやげで許してくれるといいなと思いながら、マレは宮殿へと急ぎました。
「あれ?」
宮殿が見えた時、マレは驚きました。
宮殿の最上階の窓に、マレが突っ込んで開けたのとは、別の穴が開いていたのです。
「どうしたんだろう?」
マレがいない間に、また誰かが宮殿に突っ込んだのでしょうか。
新しい穴をのぞくと、内側から何かでふさがれていました。こちらからは中に入れないようです。
「シオリ、大丈夫かな?」
マレは急いで、自分が開けた穴の方から宮殿に入りました。
最上階の部屋に、シオリはいませんでした。机の上は片付けられていて、暖炉もすっかり冷えています。どうやらこの部屋には、しばらく来ていないようでした。
「図書室にいるのかな?」
マレは急いで図書室に向かいました。
「シオリー、ただいまー!」
図書室の扉を開け、大声で呼びかけました。でもシオリの返事はありません。一番奥の、シオリの書斎にも姿はありません。
「どこに行っちゃったんだろう?」
宮殿のどこかにいるのでしょうか。
探してみようかと思いましたが、マレは図書室と最上階の部屋以外に行ったことがありません。勝手に歩き回っていいのか、わかりませんでした。
マレは仕方なく、最上階の部屋に戻りました。
暖炉に火をくべ、お茶やお菓子の用意をし、いつシオリが帰って来てもいいように準備します。
でも、日が暮れて夜になってもシオリは戻ってこず、マレは一人毛布にくるまって眠りにつきました。