02 勇者の船団 (3)
「おーい、パティシエー」
パティシエが厨房の点検を終え、食事の準備を始めようとしていたら、飛行士が呼びに来ました。
「勇者の船団、出発だよー。ちょっとすごいから見においでよー」
飛行士に連れられて、パティシエは見張り台へとあがりました。見張り台には剣士と巫女も来ていました。
ドォンと、大砲の音が鳴り響きました。
その音を合図に、勇者の船団が次々と港を出発していきます。飛行士の言う通りすごい迫力で、中でも「空母」と呼ばれる巨大な船が動き出した時には、大歓声があがりました。
「ふわー、すごいねー」
パティシエは、双眼鏡で空母をのぞきながら、感嘆の声をあげました。
「私、あんなに大きな船見たの、初めて」
「僕もだよー。あれは僕の世界にもなかったなー」
山奥の村で育ったパティシエが知っているのは、川で釣りをする時に使う、小さな船だけです。あんなに大きな、それも鉄でできた船が浮いていることが信じられませんでした。
「あの船、飛行機をたくさん乗せて動くんだってさー」
「ひこうき、て、飛行士が乗ってる、ああいうのだよね?」
パティシエが甲板に紐で固定されている飛行機を指差すと、飛行士は「そうだよ」とうなずきました。
「私の世界に、飛行機はなかったなぁ」
アゾット号のような空飛ぶ機械も、デュランダルのように風や人の力ではなく「エンジン」で動く船も、パティシエの世界にはありませんでした。
「僕の世界では普通だけどねー」
「私の世界にも飛行機はないよ」
背中合わせで双眼鏡をのぞいていた剣士が、パティシエと飛行士の会話に参加しました。
「空を飛べるのは、竜を従えた竜騎士ぐらい。普通の人が空を飛ぶなんて無理だよ」
「竜なんているのー? それ、僕の世界じゃおとぎ話だよー」
「私の世界にも竜はいませんね。でも、魔法使いはいましたよ」
剣士の隣にいた巫女も参加です。
「ときどき、ほうきで飛んでいる魔法使いを見かけました。パティシエさんの世界は、どうでした?」
「うーん、竜も魔法使いもいないと思う。会ったことないし」
夜寝る時におじいさんがお話ししてくれたおとぎ話の中なら、竜も魔法使いもたくさん出てきました。ですが、実際には会ったことも見たこともありません。
「でも私、あんまり村から出たことないから」
「なら、ひょっといたらいるかもしれませんね」
「うん、そうだね」
もしかしたら、違う世界から遊びに来ている魔法使いがいるかもしれません。
(だとしたら、会ってみたいな)
パティシエはそう思いました。もしも魔法使いと友達になれたら、きっと楽しいでしょう。
「しかしまー、なんだねー。僕たちやっぱり、いろんな世界から来てるんだねー」
「そうですね。天使様が現れて、いくつも世界があると言われた時はびっくりしました」
「で、自分が勇者だ、とか言われて、さらに面食らったな」
「えー、そう? 僕、ちょっとワクワクしちゃったけどー?」
「飛行士さんは豪胆なんですね」
ゴウタンってなんだろう? とパティシエが首をかしげていると、甲板から医者が呼ぶ声がしました。
「おーい、そろそろデュランダルも出発だ。持ち場に戻ってくれたまえー!」
「わかった!」
パティシエたちは見張り台を降り、それぞれの持ち場につきました。
剣士は船の先頭に立ち、真っ先に魔女と戦えるように。
巫女は船の中央に立ち、いざというとき結界を張って船を守れるように。
飛行士はアゾット号のそばにいて、いつでも飛び立てるように。
海賊は舵輪を握り、医者はその隣に立って船全体の指揮をとります。
パティシエの持ち場は、もちろん厨房です。
そしてもう一人(?)、天使の使者であるアンドロイドも、船員として参加していました。
これだけの大船団がバラバラに動いたら、大きな事故になります。それを防ぐため、「無線」で連絡が取り合えるアンドロイドが、全ての船に配置されていました。
デュランダルに乗っているのは、パティシエを案内してくれた、あのアンドロイドです。
「ゴフンゴ、ニ、デュランダル、ノ、バン、デス」
アンドロイドの言葉に海賊がうなずき、舵輪中央の始動キーを回しました。
ゴゥンッ、と大きな音がして、デュランダルのエンジンが動き始めます。いよいよ出航です。
「よっしゃ、ヤロウども、いくぞー!」
「野郎ではなく、女の子だがね」
「だー、うるせえ! こういうのはお約束、てのがあるんだよ!」
海賊の威勢のいい掛け声に医者のツッコミが入り、まもなくデュランダルが動き出しました。
ぐらり、と船が揺れ、波を立てて動き出します。
「わわっ、と」
船の揺れにたたらを踏みながら、パティシエは自然と笑顔になりました。
デュランダルが動き出した時に感じる、力強さ。
何度感じても、「いいなあ」とパティシエは思うのです。
(……あれ?)
何度感じても?
(私、デュランダルに、今日初めて乗ったんだよね?)
どうしてそう思ったのかなと不思議に思いながら、パティシエは夕食の支度のため、厨房に戻りました。