04 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅱ (3)
──どれぐらい眠ったでしょうか。
パチパチと、暖炉でまきが爆ぜる音でマレは目をさましました。
目を開けると、暖炉の前に座っているシオリが見えました。膝に乗せた分厚いノートに、何かを一生懸命書いているようです。
(何を書いているんだろ?)
ときどき、シオリはあごに鉛筆を当てて「うーん」とうなりました。しばらくうなって、「そうだ」と顔を輝かせると、鉛筆をあごから外して、またノートに書き始めます。
シオリは、すごく楽しそうでした。
マレが起きたことには気づいてないようで、夢中になってノートに書き続けています。邪魔しちゃ悪いなと思って、マレは横になったまま、静かにシオリを見ていました。
「あれ、起きてたの?」
シオリが、マレが起きていることに気づいたのは、ずいぶんたってからでした。
「うん。シオリ、夢中だったから。邪魔しちゃ悪いな、と思って」
マレは起き上がると、「何を書いてたの?」とシオリに尋ねました。
「え? えーと……」
シオリは答えにくそうに口ごもり、目を泳がせました。
「嫌なら、答えなくていいよ」
「あ、その……嫌なわけじゃなくて、ちょっと、恥ずかしいかな、て……」
「恥ずかしい?」
「うん、その……えへへ、実はね、お話を書いていたの」
「え、そうなの? すごい!」
「ぜ、全然すごくないよ……思いついたこと、片っぱしから書いてるだけだもん」
シオリは、ちょっと照れくさそうな顔になりました。
「前から書いてたの? そのノート、どれぐらい書いてるの?」
「え? あ、うん、まあ……そうだね、半分くらいは」
「え、半分も!? やっぱりすごいよ!」
ノートの厚さは、師匠の老魔法使いが持っていた魔法辞典と同じくらいあります。たとえ半分だけだとしても、相当な量になります。
「すごいすごい! ねえ、読ませてよ!」
「え、ええっ!? これはちょっと……その、あの……まだ書きかけで……」
「えー、読みたい! シオリが書いたお話、とっても楽しそうなんだもん!」
しぶるシオリに、「読みたい、読みたい、読みたーい!」と、マレはお願いしました。いつもシオリがわがままを言っているのです、たまにはマレがわがままを言ってもいいよね、と思ったのです。
「あーもう、私のまねしなくていいの!」
シオリは「もう」とむくれました。マレはペロリと舌を出して「ごめーん」と謝りました。
「うわ、その仕草、なんか腹立つね」
「私はいつもされてるけど?」
二人は同時に「ぷっ」と吹き出し、お腹を抱えて笑いました。
「あははっ、もう、仕方ないなあ、読ませてあげる。でもこれはダメ」
「えーっ、なんでー?」
「その、ホントに書きかけなんだってば……だから、他のでいいでしょ?」
「え、他にもあるの!?」
驚くマレに、シオリが「ふふん」と自慢気な顔になります。
「いっぱい書いてるよ。ちょっと恥ずかしいけど、マレになら読ませてあげる」
別の部屋に置いてあるから、そっちに行くよ。
シオリは立ち上がると、マレの手を取り、部屋の奥にある扉へと歩き出しました。シオリに手を引かれてついて行きながら、「そういえば」と、マレはいまさらながらに思います。
この宮殿で暮らすようになって、ずいぶんたちますが。
別の部屋に行くのは、これが初めてでした。
◇ ◇ ◇
マレが連れて行かれたのは宮殿の三階で、その階全体が、一つの大きな部屋になっていました。
「うわぁ……」
部屋に入って、マレは驚きの声をあげました。
とても広い部屋全部が、本棚と本で埋め尽くされていたのです。
「この宮殿の、大図書室だよ。すごいでしょ?」
「うん、すごい!」
「ほら、こっちだよ」
マレの手を引き、シオリは図書室の奥へと行きました。本棚の迷宮をくぐり抜け、ようやくたどり着いた図書室の一番奥には、最上階の部屋と同じようなソファーと机、それから山盛りのお菓子が置いてあります。
「マレが来る前は、私、いつもここにいたの」
ここで一日中本を読み、思いついたお話を書きつづっていたと、シオリは言いました。
「マレが来てからも、マレが一人で探検に行っちゃったときは、ここに来てたの」
「もう、教えてくれればよかったのに。ここなら全然退屈しなさそう」
「だって……お話書いてること、バレちゃうし」
照れくさそうなシオリを見て、マレは小さく笑いました。
「恥ずかしがることないのに。シオリのお話は、とっても楽しいよ」
「うー、やっぱり恥ずかしいなあ。下手くそでも、笑わないでね」
シオリはソファーの隣にある本棚に近づきました。
他の本棚と違って、そこには本ではなくノートがたくさん並べられていました。きっとそれが、シオリが書いたお話なのでしょう。
「うわ、こんなにいっぱい書いてたの?」
「う、うん、まあ……ずっと一人で、退屈だったし」
シオリは本棚から一冊のノートを取り出すと、開いてペラペラと中身を確認しました。
「うん……これなら、いいかな?」
ちょっぴりほおを赤くしながら、シオリはノートをマレに渡しました。
「海沿いの小さな村でお菓子屋をしている、パティシエの女の子のお話だよ」
マレはノートを受け取りました。
表紙には『小さな村の小さなパティシエ』と書かれています。きっとそれがお話の題名でしょう。
「読んでいい?」
「い、いいけど……あーやっぱやめて、目の前で読まれるの、ドキドキしちゃう!」
「じゃあ、あっちで読もうか?」
「そ、それはそれで、気になる! ああもう、いいや、ここで読んで!」
覚悟を決めたのか、シオリはソファーに座ると、隣をポンポンと叩きました。
マレはくすくす笑いながら、シオリの隣に腰を下ろします。
そのとき、ふと。
マレは、本棚の一番上につけられた、小さな板に気づきました。
「ねえシオリ。あの板に書かれてるのは……」
「あれは、その……この本棚のノートに書かれてるお話、すべての題というか、その、シリーズ名というか……」
「ふうん、そうなんだ」
「……私としては、けっこう気に入ってるんだけど……どうかな?」
「うん、私も、すてきな名前だと思うよ」
「そう? えへへ、ありがと」
うれしそうに笑うシオリを見て、マレもうれしくなりました。
二人で笑い合い、同時に本棚の板に目を向けます。
「世界の書」
それが、本棚の板に書かれた、すてきな名前でした。