04 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅱ (1)
ハロウィンが終われば、季節は冬です。
南の街は魔女が暮らしていた北の島に比べれば暖かいのですが、冬になれば雪が降ることもありました。
「うわぁっ!」
南の街が、初雪に覆われた日。
マレはシオリとともに、ほうきに乗って空の散歩に出かけました。
「すごい! きれい! 楽しい!」
「寒くない? 大丈夫?」
「だーいじょうぶ! ねえ、あっちに行ってみて!」
「うん。じゃ、しっかり、つかまっていてね」
大はしゃぎするシオリの様子に、マレも楽しい気分になり、シオリに頼まれるままに空を飛びました。
◇ ◇ ◇
あの夜──ハロウィンパーティーで大暴走したマレが宮殿に突っ込んだ夜から、一ヶ月が過ぎていました。
絶対近づいてはいけない宮殿に、近づくどころか窓を壊して飛び込んでしまったマレ。
どんな罰を受けるのだろうとビクビクしていたのですが、シオリはマレの手をつかみ、「まずはお茶にしましょ!」とテーブルへ誘いました。
「そんなに怖がらなくていいから。ねえ、マレのこと聞かせて!」
「え? あ、うん、いいけど……」
マレとシオリは、おいしい紅茶を飲みながら、山積みのおかしを好きなだけ食べ、たくさんお話をしました。
マレが住んでいた島のこと。
師匠である老魔法使いのこと。
卒業試験に合格できず、修行の旅に出たこと。
そんなことを話したら、シオリはとても楽しそうに聞いてくれました。
「はい、質問です!」
「え、ええと……なに?」
「マレ、て魔女名だよね? 本当の名前は?」
「ええっ、なんでそのこと知ってるの!?」
マレはびっくりしました。
シオリの言う通り、マレというのは魔女としての名前で、本当の名前は別にあります。でも、そのしきたりを知っているのは魔法使いだけで、普通の人は知らないはずです。
「本当の名前は命と直接つながっていて、悪い魔法使いに知られたら呪いに使われるから秘密、だよね?」
「そ、そんなことも知ってるの!?」
「ふふん、すごいでしょ?」
「シオリは魔法使いじゃないんでしょ? なんで知ってるの?」
「ナイショ♪」
シオリは口元に人差し指を立てながら、楽しそうにウィンクしました。
「ねえ、私は悪い魔法使いじゃないから、教えてよ」
「だ、だめだよぉ……お師匠様に、絶対誰にも言っちゃいけない、て言われてるもの」
「えー、いいじゃない、教えてよぉ」
シオリは何度もせがみましたが、これだけは教えられません。魔女として絶対に守らなければならない掟なのです。
「……窓、壊したくせに」
むう、とほおを膨らませてシオリがむくれました。
「えっ、ええと! そ、それは謝るから! だから、その……」
マレが慌ててしどろもどろになると、シオリが「ぷっ」と吹き出しました。
「うそうそ。それはいいって。そっかー、魔女の掟じゃ仕方ないね」
「う、うん……ごめんね……」
「じゃ、しょうがない。ねえ、修行の旅の間のこと、もっと教えてよ!」
そんな風に、マレとシオリはずっとおしゃべりをして、夜が明けるころにはすっかり仲良くなりました。
「泊るところ、決めていないんでしょ? じゃ、ここに泊ってよ!」
「え、でも……」
「いいのいいの。一人で退屈だったし。あ、そうだ。窓を壊したおわびは、私の友達になること。そうしよう!」
そんな風に、強引に誘われて。
マレは、宮殿で過ごすことになりました。
◇ ◇ ◇
シオリに言われるままに、あちらへ、こちらへと飛んでいたマレですが、街の外へ行こうと言われたときには、さすがに断りました。
「街の外は、危ないから」
「えー、マレがいたら平気でしょ? 行こうよ!」
「だめ、今日はここまで。それに、もう長いこと飛んでるし。カゼひいちゃうよ」
元気いっぱいに目を輝かせているシオリですが、唇が青くなっています。もっと寒い北の島で育ったマレは平気ですが、シオリはもう限界でしょう。
「また連れてきてあげるから。今日は帰ろ」
「むー……仕方ないなぁ」
しぶしぶ、という感じでシオリがうなずき、マレは宮殿に戻りました。
最上階の部屋の窓、マレが開けた大穴から、二人は部屋へと入ります。
「ねえ、穴、ふさがなくていいの?」
「ヘーキヘーキ! そのままでいいよ!」
マレが魔法を使えば穴はすぐふさげるのですが、シオリはそのままでいいと言います。怒られたりしないのかなあと、マレは不安になりますが、シオリがそのままでいいと言うのですから、勝手に直すわけにもいきません。
部屋に入ると、二人は暖炉に火をくべ、お湯を沸かして暖かいココアを飲みました。
「はー、あったかくておいしー!」
「うん、おいしいね」
冷え切った体が温まり、ホッとしたら少し眠くなりました。
二人は毛布にくるまると、暖炉の前で横になり、お昼寝をすることにしました。
「シオリ、街は楽しかった?」
「うん、とっても! 次は街の外に行ってみたいなぁ」
「でも、街の外は危ないよ?」
「でもマレは、街の外から来たんでしょ?」
「そうだけど……でもこの辺のことはよく知らないから、どんな危険があるかわからないし……」
臆病でちょっぴり泣き虫とはいえ、マレは魔女です、一人ならなんとかなります。というか、一人でもなんとかできるようになるために、修行の旅に出ているのです。
でもシオリが一緒だと、そうはいきません。万が一のことがあってシオリにケガをさせてしまったらと思うと、マレはどうしても慎重になりました。
ふと。
シオリがじーっとマレを見つめているのに気づきました。いつものキラキラした目ではなく、何かを考えているような、引き込まれるような目をしています。
「……そっか、街の外のこと、ちゃんと考えてなかったからかな」
シオリは何かつぶやいています。声が小さすぎて、マレはよく聞こえませんでした。
「え、なに?」
「ううん、なんでもない。さ、お昼寝しよ! 起きたらおやつにしようね!」
シオリはキラキラした目でそう言うと、目を閉じてすぐに寝息を立て始めました。