02 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅰ (3)
「ちょっと、ちょっとー! なんで、いたずら組のみんなが投げてくるのー!」
魔女が抗議すると、おばけたちが声をそろえて叫びました。
「楽しいから!!!」
そんなぁ、と泣きながら、魔女は逃げ続けました。
少し冷静になれば、屋根よりずっと高いところへ逃げてしまえばいいと気づくのですが。
街中の人に追いかけられて、魔女はちょっとパニックになっていました。それに魔女はとてもまじめなので、ルールを破るという考え自体が浮かびません。
とにかく逃げなきゃと、目にも止まらぬ速さで街を飛び回り、風の魔法でおかしをはね返し続けます。
よしそれならと、街の人たちは協力して魔女を広場へと追い立てます。
「え、え、なにあれー!」
広場には、魔女の何倍もある大きなケーキがありました。街中の人が、ケーキを持ち寄って一つにしたものです。そして、広場をぐるりと囲むように街の人がいて、やってきた魔女に向かって一斉におかしを投げ始めました。
「投げろ投げろー!」
「魔女さんを、ケーキに突っ込ませろー!」
慌てて逃げようとした魔女ですが、四方八方からおかしが飛んでくるので逃げようがありません。それに、ものすごいスピードで飛んでいたから、止まることもできません。
(このままじゃ、ケーキに突っ込んじゃう!)
その時やっと、空高くに逃げればいいんだと気づきました。
魔女は大慌てでほうきを操り、ケーキにぶつかるギリギリのところで急上昇を始めました。
ですがそのタイミングで、誰かが投げたおかしが、魔女の顔に飛んできました。
「きゃっ!」
ぶつかる!
魔女は驚いて目を閉じました。驚いたせいで力が入り、ほうきの操作を間違えて、ほうきの先がケーキに当たってしまいました。
「わ、わわわっ!」
なにせ猛スピードで飛んでいたのです。ちょっと当たっただけですが、ほうきはバランスを崩して、空中でくるくる回り始めました。
「あ、魔女さん!?」
「そっちはダメだよー!」
「宮殿に突っ込んじゃう!」
「止まってー!」
街の人が声をあげるのが聞こえました。
ですが、魔女はほうきにしがみつくので精一杯、止まることなんてできません。
「きゃーっ!」
魔女は悲鳴をあげながら、猛スピードで、宮殿の最上階にある部屋に突っ込んでしまいました。
※ ※ ※
(……え?)
宮殿に突っ込んだ瞬間、ぐにゃり、という不思議な感覚に包まれました。
窓に当たったにしては、やわらかな衝撃です。街のざわめきが一気に遠ざかり、ほんの一瞬で、どこか遠くへ飛ばされてしまったような、そんな感じがしました。
「きゃっ!」
戸惑っていたら、どさり、と床に落ちました。
床にはふかふかのじゅうたんが敷かれていたので、たいして痛くありません。
「はぁ……びっくりし……た……」
ほっと息をついて、顔をあげると。
壁際のソファーに座って、ポカンとした顔で、魔女を見ている女の子と目が合いました。
長い黒髪に大きなリボンをつけ、水色のエプロンドレスを着た、魔女と同じ年ごろの女の子です。
「……え?」
その女の子を見て、魔女も同じようにポカンとした顔になりました。
なぜって。
その女の子が、鏡に映った自分かと思うような──違うのは、その女の子は猫を思わせるつり目なこと──まるで双子のように、魔女とそっくりだったからです。
「あなた……」
女の子が口を開き、魔女も我に返りました。
(ど……どうしよう……)
魔女は血の気が引きました。
絶対に近づいてはいけないよ。
そう言われていた宮殿に、近づくどころか飛び込んでしまいました。
宮殿にはお姫様がいると、街の人が言っていました。
そのお姫様というのが、目の前にいる女の子でしょう。
お姫様は天使に命令できる人です。きっと、神様です。事故とはいえ、いきなり窓から突っ込んできた魔女のことを、怒るに違いありません。
「あ、あの……えと……ええと……」
怖くなって、たちまち目に涙が浮かんできます。ですがここで泣いては余計に怒らせてしまうかもしれません。
とにかく、まずは謝らなくちゃと、魔女は慌てて姿勢を正しました。
「ええと、あの、その、ごめんなさ……」
「あなた、魔女ね!? そうよね!?」
謝ろうとした魔女の言葉をさえぎって、女の子がキラキラした目で問いかけてきました。
「とんがり帽子に黒い服、それにほうき! 魔女よね、それ以外ありえないよね!」
「え……あの……はい、そうです……」
「うそみたい!」
女の子はソファーから立ち上がると、飛びつかんばかりの勢いで魔女に駆け寄ってきました。
「魔女が来てくれた! 私のところに、魔女が来てくれた! 信じられない、夢みたい!」
「あ、あの、いきなり突っ込んじゃって、その……ごめんなさい……」
「全然オッケー! むしろ大歓迎よ! いらっしゃい、魔女さん!」
「え、え……そ、そう、なの?」
「あ、そういえば今、ハロウィンパーティー中だよね!」
戸惑う魔女をよそに、女の子は大喜びで立ち上がり、テーブルに手を伸ばしました。
テーブルの上には、ハロウィンのおかしがたくさん並んでいました。女の子はその中から、ドライフルーツがたっぷり入ったケーキを手に取り、魔女に差し出しました。
「魔女さん、トック・オア・トリート!」
「え……え?」
「あ、そうか、これ、魔女さんのセリフか。ま、いいや、言っちゃったし!」
女の子はとても楽しそうです。てっきり怒られるとばかり思っていた魔女は、どうしていいかわからず、きょとんとしてしまいます。
「まあ、私としては、おかしをあげないから、いたずらしてもいいよ、て気分だけどね!」
「え、いや、その……あの……ええと……」
「うふふ、冗談だってば。それはそうと、なんで泣いてるの? どこかケガした?」
不思議そうに首をかしげながら、女の子はマレの体を確認します。
「ケガは、してないね」
「う、うん、平気……」
「よかった。あ、そうだ! 魔女さんの名前を教えてよ!」
「え、名前?」
そういえばと、魔女は思います。
誰かに名前を聞かれたのは初めてでした。みんなが「魔女さん」と呼び、それで事足りていたので、名前を名乗るということをすっかり忘れていました。
「わ、私は……」
キラキラした目で見つめられ、魔女はなんだかほおが火照りました。
「マレ……魔女のマレ、だよ」
「マレ、ね。ふうん、不思議な響きの名前ね!」
女の子はそう言うと、マレに向かって手を差し出しました。
「私はシオリよ! よろしくね!」
これが、泣き虫魔女と宮殿の少女──マレとシオリの、出会いでした。