02 泣き虫魔女と宮殿の少女-Ⅰ (1)
北極まであと少し。
そんな場所にある小さな島に、修行中の見習い魔女がいました。
とんがり帽子に黒いワンピース、長い黒髪に少したれ目の、もうじき十四歳になる、かわいい魔女です。
魔女は、師匠である老魔法使いがびっくりするほどの才能を持っていました。
修行を始めたのは七歳の時、見習い魔女として修業を始めるにはちょっと遅かったぐらいですが、十歳になったときには、老魔法使いが使える魔法はみんな使えるようになっていました。
教えることがなくなってしまった老魔法使いは、ずぅっと昔、まだ人間が生まれる前から島に住んでいた精霊たちに、魔女に色々教えてほしいとお願いしました。
老魔法使いの頼みならと、精霊たちは魔女に色々なことを教えました。
魔女は、教わったことはすぐ覚えてしまい、神様の領域にある魔法だって使えるようになってしまいました。
「本気を出せば、この子は天使や悪魔とだって戦えるよ!」
精霊たちはそう言って魔女をほめました。ひょっとしたら神様の生まれ変わりかもしれない、なんてことを言う精霊もいたほどです。
ですが、魔女には一つだけ欠点がありました。
実は、とっても臆病で、泣き虫だったのです。
魔女としての実力なら、とっくに一人前です。老魔法使いの家を出て、魔女として一人で生きていくことができるはずなのですが、あまりにも臆病すぎて、本番では実力が発揮できないのです。
そのため、卒業試験──ひいきにならないよう、師匠以外の魔法使いがすることになっています──に、三回連続で失敗してしまい、老魔法使いは「困ったものだ」と頭を抱えてしまいました。
「修行として、旅に出してはどうでしょう?」
旅に出れば、一人で何とかしなければなりません。そうすればきっと心が鍛えられ、少しは勇敢な子になるでしょう。
卒業試験をした魔法使いにそう助言され、老魔法使いは魔女に旅に出るよう命じました。
「うう……一人なんて、怖いよぉ……」
でも、師匠の命令には逆らえません。
魔女自身も、卒業試験に三回も落ちたことは、ちょっと情けなく思っていました。
色々と不安はありますが、魔女は、老魔法使いの言いつけ通り旅に出ることにしました。
「行く当てもないのは、困るじゃろう」
老魔法使いはそう言って、ずっと南にある、とある街へ行くようにと言いました。
そこは、森と泉に囲まれた、美しい街とのことです。
その街には、人間だけではなく、動物や妖精、妖怪、お化け、などなど、とにかくいろんな人が住んでいて、仲良く楽しく暮らしているといいます。
「よそ者にも寛大で、きっと歓迎してくれる。そうじゃな、そこで友達を作っておいで」
ですが、その街では、絶対にやってはいけないことが一つありました。
街の中心にある、大きな宮殿に近づいてはいけないのです。
「どうしてダメなんですか?」
「とても偉い人が、そこに住んでいるんじゃよ。いいね、近づいてはいけないし、ましてや入るなんて、絶対にしてはいけないよ」
もしも入ったら、捕まって、罰を受けることになるからね。
罰と言われ、それだけで魔女は怖くなって泣きそうになりました。
魔女は、何があっても宮殿には近づかないぞと、心に固く誓いました。
◇ ◇ ◇
老魔法使いと精霊たちに見送られ、魔女はほうきにまたがり、生まれ育った島を旅立ちました。
何度も振り返りながら、どんどん小さくなる島を見て、また泣きそうになります。
やがて島が見えなくなると、心細くなってすぐに島に引き返したくなりました。でも、出発して一時間もたたずに帰るというのは、さすがに情けないと自分でも思います。
「し、修行なんだから! ちゃんとやるよ、私!」
魔女は涙をぬぐうと、えい、と気合を入れてスピードを上げ、南へと飛び続けました。
最初は、心細くて半泣きで飛び続けていた魔女ですが、きれいな青空や海を見ていると、だんだんと落ち着いてきました。
クジラの群れが浮かんできて、魔女に挨拶するように、ぷうっ、と潮を吹き出しました。
渡り鳥が「どこへ行くの?」と話しかけるように、魔女の周りをくるくる飛びます。
休憩するために降りた島では、いたずら者のサルがからかいに来ました。
初めは泣いて逃げ回っていましたが、魔法で軽く仕返ししたらサルの方がびっくりして、お詫びにとおいしいフルーツをたくさんくれました。
夜は一人でちょっと怖かったのですが、星空を眺めて、波の音を聞きながら眠ると、とてもよく眠れました。
島の外はとても広くて、楽しいことがたくさんありました。
もちろん大変なこともありましたが、たいていは魔法でなんとかなってしまいます。
一日がたち、二日がたち、やがて十日がたつ頃には、魔女は少しだけ自信がついて、旅を楽しむ余裕が出てきました。
あんなに怖いと思っていたのに、もう怖くありません。
泣くことも少なくなりました。
次は何に出会えるのだろう、どんな楽しいことがあるんだろう。
そんなワクワクした気持ちで旅を続け、ちょうど一ヶ月目。
魔女は、老魔法使いに言われた、南の街に到着しました。
◇ ◇ ◇
老魔法使いが教えてくれた通り、南の街はとても美しい街でした。
「ようこそ、魔女さん!」
街の門番は、とてもかっこいい黒ヒョウでした。突然やってきた魔女に驚く様子もなく、ニコニコと笑って歓迎してくれます。
「こんにちは。街に入ってもいいですか?」
「もちろんですよ。ひょっとして魔女さんも、パーティーに参加するのかな?」
「パーティー?」
「これだよ」
黒ヒョウがくれたチラシには、「大ハロウィンパーティー!」という大きな文字が書かれていました。
魔女が南の街に着いたのは、ちょうどハロウィンの日でした。
「今夜は街をあげてのパーティーだよ。よかったら参加してね」
門をくぐると、街はハロウィンの飾りでいっぱいでした。あちこちにカボチャのランタンが飾られていて、おばけの恰好をした子供たちが、楽しそうに駆け回っています。
いえ、子供たち……ではありません。
本物のおばけです。
魔女はびっくりしましたが、そういえば老魔法使いが、南の街には人間以外もたくさん住んでいると言っていたのを思い出しました。
ちなみに魔女は、お化けのことは怖くありません。北の島にはいっぱい住んでいて、慣れていたからです。
「あ、魔女さんだ!」
おばけの子が、魔女を見つけて声をあげました。
すると、「おおっ!」とあちこちで声が上がり、たくさんのおばけが集まってきました。