01 世界の書 (1)
満月の光に照らされて、草原が白く光っていました。
その草原の真ん中で、魔法使いの女の子──マレが、うずくまり震えて泣いていました。
帽子も服もあちこちが焼け焦げ、ボロボロでした。
助けてくれる人も、慰めてくれる人もいませんでした。
泣いて泣いて、もう涙なんて出ない、ていうぐらい泣いて。
でも起き上がろうとしたらまた涙が出て。
そうやって、一人ぼっちでずっと泣き続けていました。
「ごめ……んね……」
長い時間が過ぎ、ようやく涙が止まったマレは、フラフラと立ち上がりました。
体のあちこちにできた傷が、痛くてたまりません。
だけどそれ以上に、心がズキズキと痛みます。
「ごめんね……わた……し、が……おくびょう、だから……」
もう出ないと思っていた涙が、またマレの目からこぼれました。
「ごめん……ね……おくびょうで……ごめんね……」
怖くて震えが止まりません。
悲しくて涙が止まりません。
だけどそれ以上に、悔しくて悔しくてたまりませんでした。
できたはずなのに。
助けられたはずなのに。
その力があるはずなのに。
怖くて、勇気が出なくて、助けることができませんでした。
臆病だから、大切なものを守れませんでした。
悔しくて情けなくて、マレは自分がどうしても許せませんでした。
「……いく……から……ね」
やがてマレは歯を食いしばり、声を絞り出しました。
涙と、血と、泥で汚れた顔を上げ、空に輝く月を見上げます。
そして、月に向かって声を上げました。
「たすけに……いく、からね……」
草原を渡る風が、マレの声をかき消そうとしました。
それに気づいたマレは、ありったけの勇気をかき集めて、風に負けない大声で叫びました。
「ぜったい、いく、からね……ぜったい、たすけに、いく、からね!」
※ ※ ※
──ピピピッ、と小さな電子音が響き、ハクトは目を覚ましました。
目を開いたものの、涙で視界がぼやけていました。
胸いっぱいに広がる悲しみで、涙があふれて止まりません。
(あれは……マレくん、か……)
とても鮮明な夢でした。まるで自分がマレになっていたような、そんな気すらしました。
きっと、本当にあったことなのでしょう。
たった一人、ボロボロになって草原で泣いていたマレ。
いったい、いつのことでしょうか。
(私のところへ来る、直前……か?)
そういえばあの時、マレはボロボロでした。ハクトの顔を見るなり泣き出して、泣きながらずっと謝り続けていて、痛々しくて見ていられないほどでした。
「ハクト、大丈夫デスカ?」
考え込んでいたら、シルバーに声をかけられました。
「ん? ああ、シルバーくんか。いやすまない、すっかり眠ってしまったようだ」
「ソレハ、カマワナイノデスガ……」
シルバーの声に困惑があるのを感じ、ハクトは首をかしげました。
「何かあったのかね?」
「ソノ、ハクトノ体ガ、青白ク光ッテイマシタノデ……」
「青白く?」
「ハイ。ウッスラト、デスガ。何カアッテハト、慌テテ起コシマシタ」
「ふむ」
青白い光と聞いて、ハクトは悪魔の分身である、青白い炎を思い出しました。
「力を分けてやったぞ」と、悪魔は言っていました。ひょっとしたら今見ていた夢は、悪魔の力が見せたものかもしれません。
「とりあえず、なんともないがね」
「ナラ、ヨイノデスガ」
「おや?」
妙に静かなのに気づき、ハクトはシルバーに尋ねました。
「シルバーくん、妖精たちはどうしたのかね?」
せまい洞窟の中には、白いツナギ姿の妖精は一人もいませんでした。静かなのはそのせいでしょう。
「ハクトガ眠ッテイル間ニ、天使ガ去リ、代ワリニ、アンドロイドガ、キマシタ」
その数、数百体とのことです。
それに対して妖精は十七人、頭だけのシルバーは戦えず、ハクトも腕っぷしには自信がありません。正面切って戦える数ではないでしょう。
「ここへ移動しておいて正解だったね」
「妖精ハ、偵察ト、脱出路ノ確保ノタメ、全員出テイキマシタ」
「なるほど、そういうことか」
「体サエアレバ、私モ戦エルノデスガ……」
「戦いの場にタラ・レバは禁物だ。できることをしようじゃないか」
とりあえず、ハクトが今できることはなさそうです。無駄なことはせず、力を温存しておくべきでしょう。
「そうだ。いまのうちに」
ハクトは、ぽん、と手を打ち、枕代わりにしていた本を手に取りました。
「世界の書(写)」
悪魔が貸してくれた、「この世界の全てが書かれている、神様の本の写し」だという本。悪魔は、ここに世界の謎を解くヒントが書かれていると言っていました。
「こいつを読むとしよう」
「大切ナ借リ物ヲ、枕代ワリニスルノハ、感心シマセンネ」
「いやー、この厚みが、ちょうどよい高さだったものでね」
シルバーのお小言にペロリと舌を出しながら、ハクトは本を開きました。
「さて、どんなことが書かれているのかな?」
ハクトは本を読むのが大好きです。新しい本を開くときのワクワク感に、ハクトは自然と笑顔になります。
「ん? ……これは」
ですが、書かれているお話を読んで。
さすがのハクトも、戸惑ってしまいました。