02 勇者の船団 (2)
パティシエが顔を上げると、甲板の少し高くなったところ、操舵台に人影が見えました。
オレンジ色の三角帽子とマントを羽織り、金色の髪をおさげにした女の子です。
女の子は不機嫌そうな顔で腕を組み、パティシエを見下ろしています。声をかけてきたのはこの子で間違いないでしょう。
その女の子、どう見てもパティシエと同い年ぐらいです。
「カノジョ、ガ、デュランダル、ノ、センチョウ、カイゾク、デス」
パティシエは、びっくりしました。
『海賊』と言われて、すごく大きな男の人を想像していたのです。まさか自分と同じ年ごろの女の子だなんて、想像もしませんでした。
「センチョウ。コノ、フネニ、ノル、ユウシャ、ノ、ヒトリ、パティシエ、ヲ、ツレテ、キマ、シタ」
「パティシエぇ? ガキの上にパティシエなんて、何の役に立つんだよ!」
「ショクジ、ハ、ジュウヨウ、デス。カノジョ、ハ、コノ、フネ、ノ、コック、デス」
「だったらパティシエじゃなくて、コックを連れてこいよ!」
「カノジョ、ノ、パンケーキ、ハ、ゼッピン、デス。トテモ、オイシイ、デス、ヨ」
怒っている海賊に、アンドロイドは淡々と言葉を続けます。
「ソレ、ニ。トシ、ナラ、アナタ、ノ、ホウ、ガ、ヒトツ、シタ、デス」
「えっ、私より年下なの!?」
パティシエはびっくりして、思わず叫んでしまいました。
十歳のパティシエより一つ下、つまり海賊は九歳です。パティシエのことを「ガキ」なんて言っていますが、海賊だって「ガキ」ではないでしょうか。
「ああん? それがどうかしたのかよ?」
操舵台から降りてきた海賊が、パティシエの言葉にさらに不機嫌になり、にらみつけてきました。
さすがは海賊です。九歳なのにすごい迫力です。パティシエは怖くなって、慌ててアンドロイドの後ろに隠れてしまいました。
「ええと……ちょっと、びっくりしただけで……」
「おいおい、なにビビってるんだよ、弱虫だなあ。そんなんで魔女と戦えるのかぁ?」
「た、多分……」
「多分、じゃ困るんだよ。ここは遊覧船じゃねえ、海賊船だからな!」
まごまごしていたせいか、さらに海賊を怒らせてしまったようです。
どうしよう、とパティシエが怯えていると。
「海賊さん、怖がらせてはダメですよ」
横から穏やかな声がかけられました。
声の方を見ると、長い青髪を三つ編みにし、青い法衣を着た、少し年上の女の子がいました。
不機嫌そうな海賊とは違って、優しい笑顔を浮かべています。
「お食事係がいないと困る、そう言っていたじゃないですか」
「いや、まあ、そうだけど……」
「カノジョ、ハ、ミコ」
やって来た女の子を見て、アンドロイドがパティシエに教えてくれました。
「コノ、フネ、ノ、ボウギョ、ヲ、タントウ、シマス」
「初めまして、パティシエさん。ちなみに私は十四歳です。よろしくお願いしますね」
アンドロイドの紹介に、『巫女』はていねいにおじぎをしました。パティシエも慌てて頭を下げ、「よろしくおねがいします」とあいさつをしました。
「うふふ、お食事が楽しみですね。私、パンケーキってあまり食べたことないんです」
「けっ、パンケーキでお腹いっぱいになるかよ」
「あら、ではゆでただけのジャガイモで我慢しますか?」
「ぬっ……うぐぐ……おい、お前! 肉料理は作れるんだろうな!?」
「う、うん。家庭料理だけど、一通りは」
パティシエですから、得意なのはお菓子作りです。でも師匠でもあったおじいさんには、ご飯の作り方もちゃんと習っていました。
「なら……よし!」
それまでの不機嫌はどこへやら、海賊は笑顔になって、パティシエに手を差し出しました。
「歓迎するぜ、パティシエ。しっかり働けよ!」
「うん、よろしくね、海賊」
ホッとしたパティシエも笑顔になり、海賊が差し出した手を握りました。
◇ ◇ ◇
海賊船デュランダルには、他にも三人の勇者が乗り込んでいました。
「よろしく」
赤い鎧と小ぶりな剣を身につけた『剣士』。赤髪ショートヘアの、十五歳の女の子です。
「よろしくねー。おいしいごはん、たのむねー」
小型戦闘機「アゾット号」を操る、若草色の飛行服を着た『飛行士』。髪も若草色のポニーテールで、彼女も十五歳の女の子です。
「やあ、よろしくたのむよ」
大人の男の人みたいな話し方をする、白衣姿の『医者』。亜麻色の髪をツインテールにした、一番年上の十六歳、やっぱり女の子です。
巫女が「優しい」お姉さんなら、剣士は「かっこいい」お姉さん、飛行士は「のんびりした」お姉さん、医者は「変わった」お姉さん、でした。
剣士はもちろん攻撃担当、飛行士も小型戦闘機「アゾット号」で魔女と戦います。そして医者はとても頭のいい人で、ケガをした仲間の治療をすると同時に、この船の作戦担当でもありました。
パティシエと海賊も入れて全部で六人。これが海賊船デュランダルに乗る「勇者」全員でした。
「よろしくおねがいします!」
みんなが歓迎してくれたことに、パティシエはホッとしました。
でも、この船に乗っているのは女の子だけだと知って、びっくりしました。
「この船、女の子しか乗っていないの?」
「うむ、そうなるな」
「けっ、船長が俺だからって、ガキの女ばかり乗せやがって」
「ガキって……一番年下のお前が言う?」
「他の船には、大人もいるみたいなのにねー」
「天使様がお認めになられたとはいえ、女の子ばかりで大丈夫でしょうか?」
そんな不安を巫女が口にすると、海賊が「大丈夫に決まってるだろ」と声をあげました。
「俺とデュランダルをなめんじゃねえ。生まれた時から戦ってらあ!」
「私だって、剣の腕で大人に負けてるつもりはないよ」
「僕の操縦だって、大人には負けないよー」
海賊の言葉に、剣士も飛行士もうなずきます。
「うむうむ、頼もしいねえ。というわけで巫女くん、大丈夫だそうだよ」
「ふふ、頼もしい仲間と出会えてなによりです」
その「頼もしい仲間」に自分も入ってるんだ。
そう思うと、パティシエも気合が入りました。
魔女と直接戦うことはできないかもしれないけれど、みんなが元気に戦えるよう、おいしいご飯を作らなきゃ。
パティシエはさっそく、持ち場である厨房へと向かいました。