08 シオリの居場所 (1)
海岸にあった小さなボート。
こじ開けられた岩山の裏口。
破壊された見張りのアンドロイド。
断ち切られた扉の鎖。
侵入者がいた痕跡はいくつもあるのに、肝心の侵入者の姿はどうしても見つかりませんでした。
「いったい……何が、起こっているのです!」
最大の敵である悪魔を封じ、しぶとく抵抗していた魔女を操ることに成功した今、天使を阻むものは何もないはずでした。
あとは、魔女に「勇者たち」を倒させ、魔女を神様のところへ連れて行くだけ。その計画は達成目前だったのです。
それなのに、最後の最後で、何者かに邪魔されました。
残った「勇者」は六人だけ、簡単に消せると思っていたのに、一人も消すことができません。
海へ沈んだ魔女も、どこにいるのかまったく分かりません。
「悪魔め……裏で何をコソコソしている?」
邪魔をしているのは悪魔だと、天使はそう考えていました。
神様の力が込められた鎖で縛られているとはいえ、悪魔の力が消えたわけではありません。その力で何かを企んでいるのだろうと、天使はそう考えていました。
侵入者は、悪魔がここへ呼び寄せた。それは間違いないはずです。
魔女と勇者、どちらを呼んだのでしょうか。
呼び寄せた者に、いったい何を託したのでしょうか。
「おのれ……」
天使は「世界の書(補)」を開きました。
神様ならば、すべてを知っているはずです。ならば侵入者のことも、「世界の書」に書かれているはず、そう思ったのです。
※ ※ ※
海賊・コハクは、海賊船デュランダルに乗り、散り散りになった仲間を探し続けました。
大渦に飲み込まれ、さすがのデュランダルもボロボロです。コハクだって、ケガをした足が痛くてたまりません。
「勇者……なめんな、よ……」
それでも、コハクはあきらめませんでした。絶対に仲間たちは生きている、そう信じて舵を取ります。
最後の力を振り絞り、デュランダルは航海を続けます。
北へ、北へと、何かに呼ばれるようにデュランダルは進みます。
そう、呼ばれていたのです。
幾日も航海を続けたのち、デュランダルはとある島にたどり着きました。
そこで待っていたのは、はぐれた仲間の一人、パティシエ・カナリアと、天才エンジニア・リンドウです。
仲間と再会できて喜びましたが、コハクもデュランダルも、もうボロボロです。
「ま、ゆっくり休んで、英気を養いな」
その間にデュランダルを改修すると、リンドウは言いました。
そして。
コハクの足のケガがだいぶ良くなったころ、デュランダルの改修が終わりました。
コハクは、カナリアとリンドウとともに、意気揚々とデュランダルに乗り込みます。
「デュランダル、発進!」
散り散りになった仲間を探すため。
コハクの威勢のいい声とともに、海賊船デュランダルは再び海へと漕ぎ出しました。
※ ※ ※
神様が書いた本文は、そこで終わっていました。
岩山を訪れた侵入者のことは、どこにも書いていません。
「……どういう、ことです?」
考えられることは、一つだけ。
侵入者のことを、神様も知らないのです。
「バカな!?」
天使は思わず声を上げました。
神様は、この世界のすべてを作り出した存在です。その神様が知らないことが、あっていいはずがないのです。
「おのれ、おのれ! 悪魔め、何をした!?」
すぐに引き返し、悪魔を問い詰めるべきでしょうか。
しかし、悪魔が素直に教えるはずがありません。ひょっとしたら、そうやって天使に無駄な時間を使わせて、企みを進めるのが悪魔の目的かも知れません。
「神様の力が及ばないものなど、あってはならない!」
天使はもう一度「世界の書」の本文を読みました。
「海賊……名を取り戻しましたか……」
海賊・コハク。
いまいましいことですが、予測の範囲内です。なんとでもなると天使は思いました。
ですが。
「パティシエに……エンジニア?」
パティシエ・カナリア。
エンジニア・リンドウ。
この二人、何者でしょうか。
「勇者の軍団」に誘った覚えのない二人です。しかも、パティシエは「世界を滅ぼす魔女」との戦いに参加していますが、エンジニアは参加すらしていないのです。
「これが……悪魔の企み、か?」
天使は知らず、でもこうして「世界の書」に書かれている以上、神様は知っているということです。
天使の知らないところで、悪魔が神様に何かを吹き込んだのでしょうか。それとも悪魔の企みを、神様が知らぬふりをして見ているだけなのでしょうか。
疑えば、きりがありません。
神様に直接聞けばよいのでしょうが、神様がいる「宮殿」へ行っている間に、悪魔の企みが進んでしまうかもしれません。
「そうは、させません」
天使は翼を広げ、空に舞い上がりました。
悪魔がコソコソと何かを企んでいるのなら、それを打ち砕くのみです。魔女と戦うことは禁じられた天使ですが、悪魔と、悪魔の手先が相手なら、禁じられてはいないのです。
「悪魔の企み、この私の手で打ち砕いてみせましょう」
空に浮かぶ半月を見上げ、天使はニヤリと笑います。
「これは、私と悪魔の戦いです。手を出すのはお控えくださいますように……神様」




