07 天使襲来 (1)
重々しい音とともに扉が開き、部屋の中に光が差し込んできました。
椅子に縛り付けられ、うなだれていた悪魔がゆっくりと顔をあげました。
「これはこれは……天使様じゃないか。ようこそ、悪魔の牢獄へ」
部屋に入ってきたのは、槍を持ち、金色の鎧と兜に身を包んだ天使です。
悪魔の前まで来ると、天使は兜の前を上げました。天使もまた、悪魔と同じぐらいの年齢の女の子でした。
「一人、ですか?」
「あん? 見ての通りだよ」
ふわぁっ、と悪魔は大アクビをしました。そんな悪魔に、天使は何の感情もこもっていない声で尋ねます。
「侵入者は、どこです?」
「侵入者?」
「とぼけないでください。ここへ、誰かが来たでしょう」
「知らん。ずっと寝てたしな」
悪魔がそう言って、軽く肩をすくめたときでした。
ドゴォンッ、と凄まじい衝撃波が響きました。
いつ繰り出したのか、天使が槍を悪魔に叩きつけたのです。衝撃で岩山が大きく揺れ、天井からパラパラと小石が舞い落ちて来ました。
「とぼけるな、と言ったのが聞こえませんでしたか?」
「やれやれ……短気な天使様だ」
天使が叩きつけた槍は、悪魔に当たる直前で止まっています。一瞬のうちに作り出された炎の壁が、天使の槍を受け止めたのです。
「動けない相手に全力で一撃とは……天使ってのは、正義の味方じゃねえのかよ」
「黙れ、悪魔が。罪には罰、当然のことだ」
「罪、ねえ」
悪魔の目が、ギラリと光りました。
「殺されるかもしれないのに、反撃するなと?」
「そうだ。罰は甘んじて受けるべきなのだ」
「それで何か変わったのかよ?」
天使の顔が歪みました。悪魔は肩を揺らして笑います。
「だよなあ。何も変わらなかったよなぁ」
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!」
「俺はお前と違って、黙って殴られる趣味はねえ。これ以上やるんなら、反撃するぜ?」
「捕らわれの身で逆らうのですか!」
「ああ、逆らうさ。それが俺のやり方だからな」
「それが……その態度が、怒りを買ったのだと、まだ気づいていないのですか!」
天使が怒りで顔をゆがめ、大声を上げました。
「罰は受け、罪を償う。それこそが正しい態度なのです!」
「その理屈で、あいつを誘導したのか?」
「神様を……あいつ呼ばわりとは何事ですか!」
再び天使が槍を振るいました。
ですが、悪魔の炎がそのすべてを受け止めます。何度も衝撃波が生まれ、崩れてしまうのではないかと思うほど、岩山が揺れました。
「なんだなんだ、ずいぶんイライラしてるな。何かあったのか?」
「あなたには関係ないっ!」
「関係ないなら、俺に八つ当たりすんなよ」
ゴォッ、と青白い炎が、悪魔の周囲に浮かび上がりました。
それを見た天使は、慌てて距離を取ります。
「貴様……」
「それ以上やるってのなら、本気で反撃するぜ?」
◇ ◇ ◇
天使と悪魔の様子をうかがいながら、ハクトはどうやってここから脱出しようかと考えました。
(ううむ、どうしたものか)
ハクトとシルバーは、にらみ合っている天使と悪魔の真横にいました。
悪魔が壁にあけた穴に潜り込み、向こう側からは壁に見えるよう、シルバーが映像を映しているのです。「君、そんなことできたんだねぇ」と感心したものの、こちらからは全部見えているので、隠れているという感じはありません。
「これ、本当に向こうからは見えていないんだね?」
「大丈夫デス。デスガ、音ハ聞コエマスノデ、ゴ注意ヲ」
天使と悪魔。
桁違いの力が激突するのを見て、さすがのハクトも緊張しました。有無を言わさず消される、悪魔はそう言っていました。確かにあの力なら、ハクトもシルバーも一撃で消されてしまうでしょう。
(にらみ合っているうちに、さっさと逃げたいところだが……)
この部屋の入口は一つだけ。そこまでどうやって移動するか、です。悪魔とにらみ合っている天使ですが、ハクトに気づけばすぐに攻撃してくるでしょう。
(シルバーくんの映像で身を隠して移動……ううむ、危険だな)
音は遮断できない、シルバーはそう言っています。天使と悪魔の激突で落ちてきた小石が、床にはたくさんあります。少しでも踏めば音がして、天使に気づかれてしまうでしょう。
どうすることもできず、ハクトは息をひそめて天使と悪魔のにらみ合いを見守りました。
すると、です。
「……なるほど」
悪魔とにらみ合っていた天使が、静かに構えを解きました。
「私の気を引き付けて、侵入者を逃がす、そういうつもりですね?」
げっ、とうめきそうになり、ハクトは慌てて手で口をふさぎました。
なぜバレたのでしょうか。
「……だから、なんだよ、侵入者、て」
「一瞬、間がありましたね」
キィィィン、と耳鳴りがしました。
何が起こるのかと、ハクトが身構えた時。
天使の全身が光り、その光が矢となって全方向に放たれました。
◇ ◇ ◇
四方を囲む壁に、光の矢が当たりました。
ドドドドドッ、と大きな音がして、次々と壁や床に穴が開いていきます。
「おいこら、危ねえだろうが!」
悪魔は炎を広げ、飛んできた光の矢を防ぎました。
(チッ)
悪魔は舌打ちしました。ハクトとシルバーを守るために炎を広げれば、そこに二人がいると教えるようなものです。バレないよう全方位に広げれば壁が薄くなり、悪魔自身が傷ついてしまいます。
(なんとかしのげよ、勇者だろ!)
天使の長い攻撃が終わり、岩山の壁も床もは穴だらけになりました。光の矢が当たっていないところなんてありません。無事だったのは、悪魔の周囲だけでした。
「……気が済んだかよ」
悪魔の声に何も答えず、天使は部屋の中に視線を走らせました。
何もない部屋です、隠れるところなんて、もともとありません。今の天使の攻撃が当たっていないはずはないのです。
ですが、どこにも侵入者の姿は見当たりませんでした。もしやと、悪魔が座る椅子の影をのぞきましたが、やはり誰もいません。
「どういう、ことです?」
「知るかよ。ほら、用が済んだらさっさと帰れよ」