06 岩山の牢獄 (3)
ふと気になって、ハクトは尋ねました。
「ちなみに……あいつ、とは誰のことかね?」
「決まってるだろ、神様さ」
クククッ、と悪魔が笑います。
「世界を作れるやつなんて、神様以外にいるかよ。まあ、どうもそれが怪しいんだけどな」
怪しい?
どういうことだろうとハクトが首をかしげると、悪魔が真剣な顔になりました。
「それがお前を呼んだ理由だよ。さて、本題といこう。グズグズしてると、金ピカの天使が来るからな」
ふうぅっ、と悪魔が宙に向かって息を吹き出しました。
闇の中に、青白い炎が生まれました。炎はどんどん大きくなっていき、やがてその中に分厚い本が浮かび上がりました。
「受け取れ」
「え?」
「大丈夫だ、ヤケドはしねえ」
ハクトは恐る恐る炎の中に手を伸ばしました。悪魔が言う通り、全く熱くありません。
「うぉっ!?」
ですが、手に取った途端、ズシン、とした手応えがありました。見た目は普通の本ですが、とんでもなく重いのです。
「それを貸してやる。世界の謎を解くヒントがあるはずだ」
「こ、これ、は……なんの本、かね?」
必死で本を抱えながら、ハクトは本の表紙を見ました。
「世界の書(写)」
それが本の題名のようです。
「この世界のすべてが書かれている、神様の本の写しさ」
「世界の……すべて?」
「俺も借りてるものなんだがな。緊急事態だ、お前に貸してやるよ」
「ま、また貸しというやつかね? いいの、か、ね?」
「ダメなら、そもそも渡せねえ。渡せた、てことは神様も許してくれてるんだろうよ」
「そ、そう、なのか、ね……」
ぐぬぬぬぬ、とハクトは歯を食いしばって本を持ちました。
あまりに重くて、肩が抜けてしまいそうです。
「ふむ」
顔を真っ赤にしているハクトを見て、悪魔は軽く首をかしげました。
「持てそうにないか?」
「し、正直、一人で持つのは、きつい、ね」
「なるほど」
ふうぅっ、と悪魔はまた息を吹き出しました。
悪魔の息が、青白い炎となってハクトを包みます。驚いたハクトですが、やはり熱くはありません。
「……おや?」
「世界の書(写)」が急に軽くなりました。
何が起こったのかと目を丸くするハクトを見ながら、悪魔はつぶやきます。
「渡せるのに、重くて持てない、か……」
「……何か問題でも?」
「いや、こっちの話だ。ほら、力を分けてやったぞ、それでなんとかなるだろ」
「うむ、確かに」
あんなに重かった本が、今は片手で持てる程度の重さしか感じません。これなら何とかなりそうです。
「さて、ヒントは渡したぞ。約束通り、世界の謎を解いてもらおうか」
天使は何をしようとしているのか。
神様は何を考えているのか。
今、世界に何が起こっているのか。
その行き着く先はどこなのか。
かつて告げた言葉を繰り返し、悪魔は頭を振りました。
「閉じ込められている間に、すっかり状況が変わったらしい。ことによると、本当にすべてが滅ぶかもな」
「……マレが、滅ぼすと言うのかね?」
「あん? ああ、『世界を滅ぼす魔女』か。あれは天使に操られていただけだがな」
「天使に……操られていた?」
「天使は、お前たち勇者を何としても消し去りたい。それで、捕えた魔女を利用したのさ」
驚くハクトに、クククッ、と悪魔が笑いました。
「魔女を操り、世界中から集めた勇者を一網打尽にさせてから、魔女を神様のところへ連れて行く。それが天使の計画だったんだがな」
「……そういうことだったのか」
悪魔の言葉に、ハクトはうなりました。
マレを倒すために勇者が集められたのではなく、勇者を全滅させるためにマレが利用された。それが正しいなら、今起こっていることは、すべて天使の企みなのでしょうか。
「でも、やりすぎた。ついでに魔女も消そうとして、神様に邪魔されたらしい。クククッ、欲張りは結局損をする、てことだな」
「神様は、魔女が滅ぶことを許さなかった、そういうことかね?」
「そうだ。ついでに言うと、勇者もな。安心しな、デュランダルの勇者は全員無事だ」
それはハクトにとって、とてもいい知らせでした。
「そうか、みんな無事か! それは何よりの知らせだ!」
「だからと言って、安心していいかどうかは別だがな」
「というと?」
「『魔女』が世界を滅ぼそうとしている。神様ははっきりそう言った」
「神様が?」
「あいつがそう言ったのなら、それは事実なんだろう」
「世界の書」に新しく書かれた物語、その冒頭にはっきりと書かれているのです。
『魔女』が、世界を滅ぼそうとしていました、と。
それが、天使に操られていたからなのか、それとも魔女自身の意思なのか、悪魔にも分からないと言います。
「俺は、あの魔女自身の意志、と見ているがな」
「……マレが、なぜそんなことを?」
「それを突き止めるのが、お前の仕事さ」
それに、と悪魔は肩をすくめます。
「コソコソと動いているやつらがいる。魔女を撃った白い光、あれが何なのかは、俺にも分からねえ」
デュランダルごと渦に飲み込まれそうになった時、その渦を撃ち抜いて消滅させた白い光。
確かに、あの光が何なのかは謎です。いったい誰があの光を放ったのでしょうか。
「ちなみに、だ」
悪魔はハクトが背負っているシルバーに目をやりました。
「お前が背負っているアンドロイド、シルバーだっけ? そいつも謎の一つだ」
「シルバーくんが?」
「アンドロイドにとって、天使は創造主。絶対の存在だ。その支配から逃れられるわけがない。なのにそいつは、天使の支配を逃れ、自分で考え始めている」
悪魔の視線が鋭くなりました。シルバーは生きた心地がしません。
「ずいぶん性能も上がってるようだしな。お前がやったのか?」
「単に頭脳回路を増設しただけだがね」
「そいつに何が起こったのか、それも鍵だろうな。連れてきて正解だと思うぜ」
「無意識に正解を選び取るとは。うむ、さすがは私だな」
「クククッ、言うだけのことはあると褒めてやるよ。ま、一緒に世界の謎を解いてくれ」
どうやら悪魔は、シルバーを壊す気はないようです。いつ壊されるかと気が気ではなかったシルバーは、ほっとしました。
「……チッ、時間切れだな」
悪魔が舌打ちしました。
シルバーに向けていた視線を部屋の入口に向け、憎々しげな顔になります。
「お前ら、さっさと逃げろ。見つかったら、有無を言わさず消されるぜ」
誰にかね? とハクトが問おうとしたとき。
ガコォン、と扉が開く大きな音が響いてきました。




