06 岩山の牢獄 (2)
ハクトは考えました。
天使にとって最大の敵ともいえる悪魔です。ここが牢獄というのなら、きっと見張りを残しているでしょう。その見張りが出入りする場所が、きっとあるはずです。
「ん?」
ピタリと、ハクトは歩みを止めました。
「ドウシマシタ?」
「シルバーくん、そこの壁をセンサーで確認してくれたまえ」
「リョウカイ」
わずかに、冷たい風を感じたのです。それは岩山の中から漏れてくるようでした。
「ワズカニ、隙間ガアリマス。扉ニ、ナッテイルヨウデス」
シルバーが光を当て、扉の部分を浮かび上がらせました。
ちょうど、金色のアンドロイドが通れるような大きさです。
「うむ、やはりあったな」
「全力デ、スキャンシマス」
「頼む」
ハクトはシルバーを降ろすと、扉の前に置きました。
シルバーがセンサーをフル稼働させ、スキャンしたデータが次々とモニターに映し出されます。それをしばらく見ていたハクトですが、「これはこれは」と笑みを浮かべました。
「鋼鉄製の頑丈な扉だが、施錠方法はいたって古式、か。カモフラージュは完璧と油断したかな?」
これならいけると、ハクトはカゴに放り込んでおいた工具を取り出しました。
「開ケラレルノデスカ?」
「むろんだ。私を誰だと思っているのかね?」
ハクトはニヤリと笑い、扉の前に立ちました。
「マッド・ドクター、ハクト様をなめるなよ。ルリくんの妹、大盗賊・シルフィ直伝の解錠術、とくとご覧あれ!」
あなた本当に医者ですか、とは。
シルバーは、もう聞かないことにしました。
◇ ◇ ◇
岩山の中は、明かり一つない本当の闇でした。
明かりを灯せば見張りに見つかるかもしれません。ハクトは、シルバーのセンサーを頼りに、闇で満ちた通路を慎重に進みました。
途中、何度か見張りらしきアンドロイドと遭遇しそうになりました。ですが、頭脳回路を強化したシルバーの方が性能が上のようです。すべてシルバーが先に気づき、やり過ごすことができました。
(見張りは、天使のアンドロイドで間違いない……やはり悪魔はここに捕らえられている?)
そういえばと、ハクトは首をかしげます。
(悪魔の分身は、どこへ行ったのだ?)
通用口を探し始めた頃からでしょうか、悪魔の分身である青白い炎は、いつの間にか姿を消していました。
(ううむ……さて、このまま進んでよいものか)
ひょっとしたら、ハクトとシルバーを捕えるための、手の込んだ天使の罠でしょうか。だとしたら、このままノコノコと進んでは、自分から捕まりに行くようなものでしょう。
(いや……それはないな)
ですがハクトは少し考えて、罠ではない、と判断しました。
ハクト一人を捕まえるためにしては、手が込みすぎています。悪魔の分身は、道案内は済んだので本体に戻ったのでしょう。
「シルバーくん、進むよ」
「ワカリマシタ」
ハクトとシルバーは岩山の奥へと、そして上の階へと進んでいきました。
五階から上は部屋がなく、らせん階段が延々と続いていました。階段を上っていくと、だんだんと狭くなっていきます。
「悪魔は……この上、か……」
ふうふうと息を切らしながら、ハクトは階段を上り続けました。
「これ、山登り、と、考えると……いやはや、なかなか、きつい、ね」
「体ガアレバ、飛ベタノデスガ」
「ううむ、もう少し真剣に、体を鍛えておくべきだった、な」
途中何度も休憩しながら、どうにか階段を登り切りました。
「どうやら……ここが、終点らしい」
登り切ったところで、悪魔の分身である青白い炎が待っていました。
ぼんやりと照らされた中、頑丈そうな扉が見えました。扉の前には、破壊されたアンドロイド二体と、引きちぎられた鎖が転がっていました。たぶん、ここの見張りのアンドロイドと、扉を封じていた鎖でしょう。
青白い炎は、そのまますうっと扉を通り抜けてしまいました。
「中ニ入レト、イウコトデショウカ?」
「だろうね……いや、ちょっと、ちょっとだけ待ってくれたまえ。息が……」
少し休んでハクトの息が整ったところで、二人は扉を開けました。
ガコン、と大きな音が響きました。
扉の中も、やはり真っ暗です。先に入っていった青白い炎はどこに消えたのでしょうか。
「ハクト。正面ニ」
「ああ……わかってる」
部屋に入り少し進んだところで、ハクトは止まりました。
正面に、何かがいます。
真っ暗で何も見えませんが、ものすごい圧力を感じます。怖いもの知らずのハクトですら、回れ右をして逃げたくなるほどです。
「よく来たな、ハクト」
闇の向こうから声が聞こえたかと思うと、ボウッ、と青白い炎がともりました。
炎は、時計回りに燃え広がり、大きな円となりました。
その円の中に浮かび上がってきたのは、黒色の鎧と兜に身を包んだ、一人の女の子でした。
「君は……」
浮かび上がった女の子を見て、ハクトはギョッとしました。
何もない大きな部屋の中央に、石でできた頑丈そうな椅子が置かれています。
女の子はその椅子に座っているのですが、両手と両足が鎖で椅子に縛り付けられています。鎖の形は、この岩山の入口を封印していた鎖と同じです。
「君が……悪魔、かね?」
「ああ、そうだぜ」
クククッ、と悪魔が笑います。
「縛り付けられてるからって、そう驚くなよ。予想はついてたんだろ?」
声や笑い方が、青白い炎を通して聞いていたのと同じでした。どうやら悪魔で間違いないようです。
「う、うむ……まあ、そうではあるが……」
「なんだ、歯切れが悪いな。何か予想外のことがあったか?」
「その……声の感じから、なんとなく大人の女性を想像していたものでね。少々びっくりしたのだよ」
「おいおい、あいつが作った世界に、大人がいるわけないだろ」
そんなことも知らなかったのかと、悪魔が肩をすくめました。
「俺は十四歳、お前より年下さ」
「なんと、年下かね」
「まあな。だからといって、ナメてもらっちゃ困るがな」
「いやいや、君の力は十分に知っている。そんなバカなことはしないさ」